2009年08月12日

投票するということ

 選挙で投票することは、私達国民の権利です。 私たちの一票が政局を左右し、また、これからの国の情勢に影響を及ぼすものです。 一人一人の国民の判断が国を動かしていきます。
 しかしながら、実際はマスコミに躍らせれ、また、流されているように感じてなりません。
 政治献金しかり、スキャンダルを起こしている立候補者に投票するということは、悪い事をしても貴方を選ぶということです。ここでよくよく考えていただきたい。金の不祥事を起こしている立候補者が節税をすると言ってそれを信じられるのでしょうか。スキャンダルを起こすような悪人を選んでいたらこの国が良くなるわけはありません。
 政治家は国を良くするために、どういう考え(公約)をもって、どういうことを実践して、どのような結果を出したかが大切であり、政党にしても、候補者にしても、国民はそれを学んでしっかり選んでいかなければ、日本という国は決してよくなるわけはありません。
 適当に選んで投票すれば、適当な国にしかならない。マスコミなど一方的な適当な意見にしかすぎない。
 さらには、選挙に行かない国民もいる。自分一人投票しても何も変わらないと思っている『あなた』がいるから、変わらないのです。
 選挙に行かないあなたは、不景気だとか、税金高いとか、自民はこうだ、とか一切言う資格はない。なぜなら、権利を放棄しているからです。投票という、政府に対してできる意思表示を放棄しているということを自覚していただきたい。
 政治に目を向けることは、あなたや、家族、友人の生活を守ることにつながります。だからこそ、今、貴方の真剣な一票が日本という国を豊かに変える全てなのです。
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2009年08月07日

己心の一凶

 いかなる戦いも「遅滞」「散漫」「後手」では、流れはできない。何よりも、そうした戦いの起点に、逡巡の気持ちがあれば、力を出し切れないものだ。
 ナポレオンは、それを痛烈に訴えた。
 「成功を確信するものは成功する。決して成功の如何を疑うことなく、必ず成功すべしと確信せよ」
 迷うことなく突き進め!恐れなく前へ前へ!
 そうすれば、結果は必ず、わが方についてくる。
 本当の敗北は、環境や状況に左右され、「勝つ!」と決められない一念の甘さ、弱さにこそある。
 その己心の一凶を破ることが、真の勇者の条件だ。


2009-8-6 聖教新聞 随筆 人間世紀の光 196


 「池田先生に一瞬に見抜かれた」そう感じた件でした。痛かった。もの凄く厳しいと感じました。
 今、莫大な目標の中で決意しきれていない自分を知りつつ、深い霧の中を闇雲に突っ走ってる状態です。心の底で「どうせ無理だ」と溢している自分がいる。そして、「やれるだけやればいい」と高をくくっている自分もいる。その程度の一念では変われないと知りつつ。
 本当に嫌になる。自分の甘さには。 しかし、怠けているわけではないのです。戦ってもいます。でも、そうではないのですね。
 自身の一凶との真剣勝負で、必ず、必ず勝ちたい。
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2009年08月06日

西松裏金2億6000万円、使途秘匿金で処理

8月6日3時13分配信 読売新聞

 西松建設が海外で捻出(ねんしゅつ)した多額の裏金を国内に持ち込んだ事件に絡み、持ち込んだ裏金3億3000万円のうち、2億6000万円を国税当局に資金使途を明かさない使途秘匿金として税務処理していたことが関係者の話でわかった。

 税率40%の制裁課税で、税額は約1億円とみられる。

 関係者によると、東京国税局から、2008年3月期までの7年間に裏金を含めた約5億円の所得隠しを指摘されたという。この中に裏金3億3000万円が含まれていたとみられる。使途秘匿金課税分と重加算税などを含めた追徴税額は4億数千万円という。
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2009年08月04日

各党の公約を評価

.「公明、自民、民主」の順=各党の公約を評価−東国原宮崎知事
8月4日19時58分配信 時事通信

 宮崎県の東国原英夫知事は4日の定例記者会見で各党のマニフェスト(政権公約)に対する自身の採点について、自民党は「だいたい7割程度」、民主党は「自民より低くなる」とした。また、公明党については自民以上の評価になるとの見方を示した。
 自民については「全国知事会の求めた項目がすべて盛り込まれている」と評価する一方、国と地方の税財源の配分見直しや補助金改革が不十分とした。民主は「地域主権国家への転換」を評価する半面、「地方交付税に関する記述がなく、財源調整の考え方が見えない」と指摘した。


自民44点、民主33点、公明54点=マニフェスト評価を発表−神奈川知事
8月4日18時4分配信 時事通信

 神奈川県の松沢成文知事は4日、総選挙に向けた主要政党のマニフェスト(政権公約)について、100点満点中、自民党44点、民主党33点、公明党54点とする自身の採点結果を公表した。地方分権にテーマを絞った全国知事会の基準にのっとったという。知事は「全国知事会では各知事による点数の平均だけ発表されるが、評価する側の責任として、おのおのがどう点数を付けたか明らかにするべきだ」との考えを強調した。


自民54点、民主49点、公明57点=地方分権公約を独自採点−上田埼玉知事
8月4日17時53分配信 時事通信

 上田清司埼玉県知事は4日の定例記者会見で、自民、民主、公明3党のマニフェスト(政権公約)の地方分権改革にかかわる部分を採点した結果を公表した。自民党は54点、民主党は49点で、最高点は公明党の57点だった。上田知事は「民主党は政権を担う可能性が高くなっており、調子のいいことは言えない。自民党は危機的状況が言われて前向きに打ち込んでいる」と指摘した。
 上田知事は全国知事会の評価基準に沿い、国の出先機関の廃止、縮小を打ち出しているかなどの7項目を10点満点、国と地方の協議の場の法制化を明記しているかの1項目だけは30点満点とし、計100点満点で採点した。
 自民党は地方への権限移譲の項目で8点、地方交付税の増額の項目で7点の高評価を得た。公明党は直轄事業負担金の抜本改革の項目で8点だったほか、国と地方の協議の場の法制化でも20点と自民、民主両党より高い評価を得た。
 一方、民主党は「税源配分を5対5にする点や、地方消費税の充実に関してほとんど言っていない」(上田知事)として、2項目で2点の低評価。さらに、国と地方の協議の場の法制化でも、政権公約に明記されていないことで0点になるはずだったが、「鳩山代表が次のマニフェストに入れると言っている」(上田知事)ことを考慮、自民党と同じ15点となった。
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2009年08月03日

8月度 拝読御書

窪尼御前御返事

【本文】
 大風の草をなびかしいかづちの人ををどろかすやうに候、よの中にいかにいままで御しんようの候いけるふしぎ(不思議)さよ、ねふかければはかれずいづみに玉あれば水たえずと申すやうに御信心のねのふかくいさぎよき玉の心のうちにわたらせ給うか、たうとしたうとし
(御書P1479)

【通解】
 大風が草をなびかせ、雷が人を驚かすような、激しく揺れ動く世の中にあって、あなたが今まで、この信仰を続けられてきたことは、なんと不思議なことでしょうか。
 根が深ければ葉は枯れず、泉に玉があれば水が絶えないと言われるように、あなたのご信心の根は深く、あなたの心の清らかな玉があるのでしょうか。尊いことです。尊いことです。

【背景と大意】
 本抄は、日蓮大聖人が、建治年間後半から弘安年間前半のころ、身延で認められ、駿河国(静岡県中央部)富士郡に住む女性門下の窪尼御前に送られたお手紙です。
 窪尼は、西山の河合入道の娘で、日興上人の叔母に当たり、日興上人の指導のもと、高橋六郎兵衛の夫人として、夫とともに純粋な信心に励みました。
 最近の研究によれば、夫の闘病中に尼となて妙心尼と名乗り、夫の死後、大聖人から持妙尼の名を頂き、さらに、一人娘を連れて実家のあった西山の窪に戻ってからは、窪尼とも呼ばれるようになりました。したがって、妙心尼・持妙尼・窪尼と呼ばれる女性門下は、すべて同一人物ということになります。
 窪尼の住んでいた富士郡一帯には、北条本家の領地が多く、大聖人門下に対する強い圧迫がありましたが、日興上人を中心にした異体同心の団結によって、弘教が目覚しく伸展します。これに危機感を感じた幕府権力は、弘安2年(1279年)に熱原法難を引き起こします。
 本抄は、こうした騒然たる世情の中で、夫の死後も健気に信心に励む窪尼に対する激励であり、「根が深ければ葉が枯れず、泉に玉があれば水が絶えないように、あなたの信心の根が深く、心中にすっきりとした玉があるのでしょう」と心から惨憺されています。
 


信心がある限り負けない!

 人生の途上には、さまざまな苦闘の時期があります。激しい風に吹きまくられるような時もあれば、恐ろしい雷に立ち尽くすような時もあるでしょう。実は、そうした時こそ、自身の信心が本物かどうかが試されているのです。
 本抄で大聖人は、「大風が草をなびかし、雷が人を驚かすような世の中」と仰せです。当時は、2度の蒙古襲来の間の時期であり、疫病や飢饉が相次いで起こり、世間の人々の不安に付け込むように、邪宗教が猛威を振るっていました。特に窪尼が住んでいた地方は、北条本家の領地が多かったため、権力者と宗教者が結託し、大聖人門下に対する弾圧の機会を虎視眈々と狙っていました。窪尼は、そうした中で、何度も御供養をして大聖人をお支えしながら、純粋な信心を貫いていたのです。
 大聖人は、この窪尼について、「根が深ければ葉は枯れない、泉に玉があれば水が絶えない」という故事を引かれ、信心の根が深く、世間的な未練や執着のない、すっきりとした覚悟の玉が心の内にあるのでしょうと讃えられています。
 根や玉のように、私たちの信心も表面からは見えないかもしれません。しかし、生命の大地に深く根ざした確固たる信心があれば、どんな苦難も勝ち越えて、現実の生活に幸福の葉を茂らせ、社会を慈悲の水で潤していくことができます。
 ただ、そうした信心を持つには、苦難に真正面から立ち向かい、必死になって唱題に励み、広布に力を尽くしていく以外にありません。その結果として、信心の根も、深く強く張られていくのです。
 池田名誉会長は語っています。「信心の根を、強く、深く張っておくことだ。根さえ張っておけば、たとえ風雪の時があったとしても、太陽の光の輝き、水分が与えられれば、必ずしだいしだいに大樹へと育っていく。信心と人生の歩みもまた同じである。どうか皆さま方は、この厳しき現実社会の中で、“真実の仏教”の証明者として、幸福の大光を朗らかに広げゆく勇者であっていただきたい」
 一生の信心の根を築く時は今と決め、勇敢に苦難に挑んでいきましょう。
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2009年08月01日

民主マニフェスト“身内”から批判


8月1日7時56分配信 産経新聞

 民主党が先月27日に発表したマニフェスト(政権公約)について民主党現役都議がホームページ上で批判を始めたことが31日、分かった。“身内”からの批判は議論を呼びそうだ。

 批判しているのは、板橋区選出の土屋敬之都議。民主党は重要政策をまとめた「政策集」で▽学習指導要領の大綱化▽選択的夫婦別姓の早期実現▽元慰安婦に謝罪と金銭支給を行うなど慰安婦問題への取り組み▽靖国神社に代わる国立追悼施設の建立−などを盛り込みながら、マニフェストではこれらが抜けていた。

 土屋都議はホームページに「ふざけるなマニフェスト! 本心をひた隠し」と記述。政策がマニフェストから抜けていることについて、「そんな政策を掲げて選挙をやれば民主は『第二社会党』だと批判を受けるからだ」としている。

 民主党の政調幹部らは 「われわれが選挙で国民に示して約束するのはマニフェストであり、政策集は公約ではない」と釈明しているが、土屋都議はこうしたやり方を「ねこだまし」「姑息(こそく)」などと批判。「政党たるもの、議員たるもの、政策は正直に国民に示して選挙を行うべきだ」と反発している。


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2009年07月31日

三世諸仏総勘文教相廃立(総勘文抄)

【本文】
 生と死と二つの理は生死の夢の理なり妄想なり顛倒なり本覚の寤を以て我が心性を糾せば生ず可き始めも無きが故に死す可き終りも無し既に生死を離れたる心法に非ずや、劫火にも焼けず水災にも朽ちず剣刀にも切られず弓箭にも射られず芥子の中に入るれども芥子も広からず心法も縮まらず虚空の中に満つれども虚空も広からず心法も狭からず(御書P563)

【通解】
 生と死というものは、九界の迷いのなか、あたかも夢の中での立て分けなのであり、それは凡夫の迷った、ひっくりかえった考えなのです。仏の覚めた悟りから生命を究明していけば、生まれてくる初めもなく、したがって死んでいく終わりもないのです。いわゆる生死というものからは超越しているのが生命です。ですから、生命そのものは人間世界が破滅するとき起こる大火にも焼けず、どんな水害にも滅びません。また刀でも切ることができず、弓矢で射ることもできません。さらに生命というものは、極めて小さいケシのなかに入れてもケシが広がるのでもなく、生命が縮まるというのでもありません。大空に満ちわたらせても、大空が広すぎるということもなく、生命が狭すぎるというものでもないのです。


 凡夫ゆえに生死に一喜一憂してしまう。そして感情に支配され、流されてしまう。しかしながら、凡夫である以上そこに悩むことに意味があるとおもう。その悩みを糧にできるのがこの信心であるから。今までの私であれば過ぎ行く一つの事件で終わっていたはず。今は違う。簡単に流してはいけないとおもえる。生命の存在に気づきはじめたから。縁という触発しあえる歓喜をいただけたのだから、大切にしなければならないとおもえる。一つ一つの出来事や縁に感謝したい。生命というものを理解していくなかに本当の幸福への道が見えてくるようにおもう。そうであるならば、なおさら題目を上げ抜いていかねば。生命が曇らぬように。
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2009年07月30日

戦いの目的

 人生は、生涯、戦いの連続だ。
 ただ、その戦いが、何を目的としているか、何を根本としているかが、大事なことだと考える。

 自己の戦いの目的が、微塵も悔いなければ、最大の幸福の戦いだ。
 今、全く悔いなきことを自覚している。なれば、莞爾として、進軍あるのみだ。
 戦いには、自分らしく、立派に活躍しきって終幕を飾りたい。勝敗は第二義として。―――而し、その戦闘の能力、実践力、確固、責務―――これらを、完全に発揮しきってゆくことを、第一義とせねばならぬ。

 ナポレオンは、戦勝した。次に大敗、又戦勝。最後は、敗戦の英雄であった。
 ペスタロッチは、五十年の人生の戦いは、完敗の如くであった。而し、最後は、遂に勝利の大教育者として飾った。
 今、自分は、どのように戦い、どのように終幕を飾るかが重大問題だ。
 所詮、題目に、生ききってゆく以外の、なにものもなかろう。

【若き日の日記 [1] 池田大作 聖教ワイド文庫】


 次の大法戦をどう戦うか。悔いは残したくない。何が勝ちで何が負けなのか自身に問いたい。逆風の試練の戦いであるからこそ自身の中で得るものがなければ意味がない、否、必ず意味づけていかなければならない。最高の大舞台であるから輝ける自分でありたい。
 人間革命と宿命転換。それができるかできないか。そこを自身の勝負点と心を固めるのだ。題目しかない。師匠と共に、同志と共に、歓喜の中の大歓喜を!
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2009年07月29日

上野殿御返事

【本文】
 相かまへて相かまへて自他の生死はしらねども御臨終のきざみ生死の中間に日蓮かならずむかいにまいり候べし(御書P1558)

【通解】
 よくよく心して、自分についても他の人についても生死はわからないでしょうけれども、御臨終のさいに、また生死の中間には、日蓮がかならず迎えに行ってあげましょう。


 この御文を読んだ瞬間に涙がでました。日蓮大聖人のおもいが広大な海のように感じました。私たちの師匠のおもいも同じなのでしょう。ありがたいですね。偉大な師匠に縁ができたことが最高の幸せなのかもしれません。
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2009年07月25日

生死

 今日、猫を車で引いてしまった。即死だった。唖然として、この事実をどう捉えていけばいいのかわからなかった。
 私のまわりには、猫を大好きなかたがたくさんいらっしゃいます。正直ブログに書くか迷いました。
 猫の命も一つの生命であるならば、かけがえのない命。ですが、私はどこか遠くの死のように感じました。当事者であるのにも関わらず。
 もし、私自身可愛がっていた猫ならもの凄く悲しんだとおもいます。
 遠くの国でテロで多くの方々が亡くなっているニュースを見ているような、そういう感覚でした。
 その違いは何なんでしょうか。私は考えました。様々な縁を通じて植物や、動物、お金や、環境、そして人とのつながりの深さで感じ方が変わってしまうのではないかと。
 御聖訓に『 一切衆生の異の苦を受くるは悉く是れ日蓮一人の苦なるべし(御書P758)』とあります。日蓮大聖人は、一切衆生の苦は自身の苦であると仰せです。一切衆生には当然、会ったことも見たこともない人も沢山います。日蓮大聖人は、どんな人々にも深いつながりを持っていたことになります。 私は、日頃勤行の中で、『世界の平和と一切衆生の幸福』を祈っていますが、経本に書いてあるから祈っている仕草だけではないかと自答しました。惰性の祈りだから今回の事もその程度にしか思えない自分だと、猫が教えてくれたのかもしれません。しかも、自分の身を投げてまで・・・。そう思えたときにはじめて悲しみが湧いてきました。心からの悲しみでした。そして、その猫に感謝の念が込上げました。ありがとう。 南無妙法蓮華経 ――― 。
posted by 元 at 02:33| Comment(11) | TrackBack(0) | 生命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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