2009年12月17日

快感やキレる感情はなぜ起こる?

2009年12月16日 10時11分

快感も不安も、脳内物質のはたらきによって生み出される
■心の動きを左右する「脳内物質」

 ステキな人を見ると胸がときめいたり、失敗したらどうしようと不安になったり……、私たちの心の動きは「脳内物質(脳内神経伝達物質)」のはたらきと関係しています。

 脳の中には何種類もの脳内物質があります。外からの刺激を受けると、特定の脳内物質が脳の神経細胞間で放出され、脳内神経ネットワークにその情報が伝えられます。その結果、ポジティブな感情やネガティブな感情が起こるのです。

■脳内物質のはたらきって?

 では、私たちの感情に関わる脳内物質には、どんなものがあるのでしょう? 代表的なものを覚えておきましょう。

A ドーパミン
 「快」に関わる脳内物質。この分泌が多いと、食欲や性欲がわき、やる気がみなぎる。

B ノルアドレナリン
 ネガティブな気持ちを引き起こす脳内物質。この分泌が多いと、不安やストレスが増す。

C セロトニン
 平常心をもたらす脳内物質。この分泌が多いと、ストレスに対して動じない心をもたらし、頭のさえた、冷静な状態を保つ。

■セロトニンが少ないとどうなるの?

 最近、うつに悩む大人が増えたり、キレる子どもが多いですよね。このような人は、セロトニン神経のネットワークがうまくはたらいていない人に多いのです。

 セロトニンの分泌が少ないと、ストレス刺激が加わったとき、すぐに平常心をなくしてしまいます。その結果、ちょっといやなことがあっても我慢できず、すぐにパニックになってしまったり、落ち込んでしまったりします。

■セロトニンの分泌を活性化させる方法って?

 セロトニンは、不規則な生活を送っていたり、日光に当たる機会が少ないと、分泌が少なくなります。また、息をつめる生活も分泌を弱くします。

 夜型の生活で、起床も食事の時間もバラバラ。毎日遅くまでゲームやパソコンに集中し、息をつめる生活を送っていませんか? こうした生活習慣は、セロトニンの分泌を弱らせることにつながります。

 では、セロトニンの分泌を増やし、ストレスに強くなるにはどうしたらよいのでしょう? 東邦大学の有田秀穂教授は、上のような乱れた生活習慣を改めるとともに、意識的に「リズム運動」を行うとよいと提唱しています(詳しくは、『セロトニン欠乏脳』NHK出版、2003)。セロトニン神経は、一定のリズム運動によって活性化されます。したがって、リズムが繰り返される行動ならどんなものでもよいそうです。

 ただし、毎日20〜30分間ひたすら続けることが肝要。有田氏によると、ガムをかむ(!)、自転車をこぐ、歩くなど、誰でもできることで十分だそうです。最近、ストレスに弱くなったと思う人は、参考にしてみるといいでしょう。

【ストレスガイド:大美賀直子】


http://www.excite.co.jp/News/column/20091216/Allabout_20091216_4.html



 この記事を読んで普段の生活のリズムが大切だと再認識しました。
 朝晩の勤行も20分から30分以上上げた方がいいのですね。私は朝ギリギリになってしまい、勤行を5分ですませたりしていますが、それでは一日のリズムもつくれないですね・・・・
 「月月日日に」って本当は一番難しいことなのかもしれません。
posted by 元 at 01:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月11日

「平和維持へ戦争必要」=義務と犠牲を強調−オバマ米大統領

12月10日22時20分配信 時事通信

 【オスロ時事】オバマ米大統領は10日、ノルウェーのオスロ市庁舎で行ったノーベル平和賞受賞演説で、「世界に悪は存在する。時に武力は必要だ」とし、「平和の維持のため、戦争という手段には一定の役割がある」と述べた。また、「平和は義務を必要とし、犠牲を伴う」と語った。
 


 オバマ大統領には少し期待はしてたが、今回のこの発言にはがっかりした。
 武力を使うことが本当の悪でしょうが。平和の維持ではなくアメリカという国の権力の維持じゃないの?
 犠牲者が伴ってしまったらその時点で平和ではない。

 しかしながら、人は力を持てば権力の魔性に取りつかれるのは道理なのかもしれない。悪の歴史を繰り返してきているのも、それを裏付けているようにおもう。
 武力がある、金がある、豊であるといった状況が、人が対等であるべき人との差別を生むのでしょうか。その、人の習性の理解が必要だとおもう。
 
posted by 元 at 00:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月16日

前進

 数学者の藤原正彦氏が、小学6年生の算数の授業を依頼された折のこと。氏は生徒に問いかけた。厚さ0・1ミリの新聞紙を半分に折る。その新聞紙を再び半分に折る。何回も続けると、どのくらいの高さになるか?(『この国のけじめ』)▼一瞬、たいした数字にはならないと思ってしまうが、実際に計算してみると、26回目で富士山の高さをはるかに超えてしまう。42回目には、地球と月の距離を超える▼「ティッピング・ポイント」という言葉がある。小さな変化の積み重ねにより、すべてが一気に変化する「劇的な瞬間」のこと。先の例が示す通り、わずかな変化であったとしても、その連続は、やがて大きな結果へと結びつく▼「広布拡大」のための重要な変化――それは「自身の成長」だ。惰性や慢心を排し、たとえ“0・1ミリ”でも、前進を続ける。自らの一念の変革から、「壁」を打ち破る歴史の回転は始まる▼小説『新・人間革命』に「“時代を開く”“歴史を創る”といっても、特別なことではない。一人ひとりが自分の決めた課題に挑み、今日を勝ち抜くことです」(第12巻「新緑」の章)と。広布の舞台は皆が主役。私の勝利が、広布の勝利! その確信で、一人一人が日々の地道な実践に挑みたい。(芯)

2009-11-15 聖教新聞 名字の言


 この信心をはじめてから何回決意し、挑戦してきただろうか。
 35歳で入会し今に至るが、人生の密度の違いを感じます。それまでは、なんとなく仕事をし、思うがままに遊び、大して悩むこともなかった。惰性の人生だったかもしれない。しかし、今は違う。生きるってことを実感しているというか生きるという新たな価値観を知ることができたようにおもうのです。自分の時間の流れがありますが、その時間をより価値的に過ごせるようになってきた実感がある。昨日の自分より今日の自分の成長を願いそしてほんの少しの成長に感謝できる。自分の縁した友の成長もまた励みになるし、嬉しくおもう。悩みも増えました。自身の壁にも気づけるようにもなった。自分をよく知ることができるようにもなった。それらのことが実は素晴らしいことで感謝できることなんだろうなとおもう。
 一日一日を、いや、一瞬一瞬をもっと大切にしたい。
posted by 元 at 13:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 地道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月22日

ブログのありかたを問う

 ブログをはじめて、一年が経とうとしている。最近更新が滞っているのは現場での活動が忙しいのもあるが、自身のブログのありかたを再思考、模索しているからであります。
 発信する難しさを感じています。
 信仰していて感じたことや何か違うのでは、とか、文章にまとめて表現するとズレをかんじてしまう。
 別に上手く表現しようとは思っていないが、ただ伝えようとしていることが違えば自分自身が納得しない。
 良書を読み込む作業がもっと必要だと痛感しています。

 実際現場で活動するにあたり運営しつつ会合に参加し、折伏し、メンバーさんのもとへ足を運び、勤行唱題し、新聞を熟読し、教学や御書を研鑽していくのは厳しい状態でもあります。時間革命が必要なんです。
 今までも忙しい中ブログを更新してきましたが、惰性になっていることが多くなってきました。そう考えると、尚更思索していかねばならなく時間がかかってしまう。行き詰まっていますが、ここで、これを転機と捉えさらなる発展を遂げたい。

 そもそも何故にブログをはじめたか。
 学んだ事、感じた事、言いたい事などを後で振り返られるようにとのおもいでそうしたのだ。誰かへのメッセージなど考えてはいなかった。
 ですが、コメントを頂いたり、以前はランキングに参加したりしていれば読まれている意識が芽生える。そして変に取り繕う意識も芽生え型にはまってなんともおかしな表現になってしまったのも事実である。
 そして、自分らしくない表現が違和感となり今に行き着いてしまった。自由に発信できるブログであるものが自由を失い行き詰る。しかも、自分でそうしている。虚栄心や無智、そういった自身の性格や生命の傾向性が不自由に向かわせていると気づく。不完全な自分でいいのだともおもった。だから信心しているんだし。
 自由で自分らしいブログを目指して、前進していきたい。

 
 
posted by 元 at 15:21| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月16日

G大学校運営委員

 新世紀9期生と共に日々奮闘しています。

 大学校生と関わっていくなかで色んな事を気づかされます。人の意識を変えるのも、変えろと言って変わるものではなく、やれと言ってもやれるわけでもない。まずは自身が変革していかなければ何も変わらない。怠惰している自身の弱い命と戦うべく、9.1牙城会の日に戦闘の狼煙をあげた。

 苦難に満ちた顔をしながら何とかしがみついてきている大学校生もいれば、仕事が忙しく会合へ集うのも大変な人もいる。会える友人も少なく落ち込んでいる人もいる。活動報告するのも弱々しい声でぼそぼそとしか話せない人もいる。
 一緒に唱題し、目標を定め、動き、指導受け、そしてまた祈る。その繰り返しの連続。朝勤からスタートし仕事に行き、そして友人にあたる。それから連携をし、総括する。大学校生とのおもいをぶつけ合い、そして決意していく。生命が引いてしまえばすぐさま結果に出る。
 自信の一瞬の甘えや油断がすぐさま広宣流布を遅らせてしまう。
 実際、眠いし、疲労感も強い。でも負けられない。これからが本当の戦いだと自身を奮い立たせ進むしかない。皆、一緒に戦っているから。

 戦う中で、大学校生の変化も現れている。目つきが真剣になった。言動が強くなった。連絡も毎日来る。いよいよこれからが本当の勝負だ!

 絶対に大勝利し、共に歓喜を!
posted by 元 at 21:51| Comment(1) | TrackBack(0) | 牙城会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【単刀直言】石井一・民主選対委員長「公明は衆院から去れ」


2009.10.15 18:55 産経ニュース

インタビューに答える石井一・民主党選対委員長=14日午後、東京・永田町の参院議員会館(酒巻俊介撮影)
 私はこれまで公明党を厳しく批判してきた。個人的考えとしては、公明党は(支持母体の)創価学会の指示通りに動いている、ほとんど正体のないもんですからね。衆院から撤退してもらいたいと思ってるんだ。撤退しなくても、選挙区はもう通らないし、わが党が衆院(定数480)で80議席を削減したら抹殺されてしまう。まあ、そこまで言わんけど。

 今まで、公明党が衆院で政権の中に手を突っ込んで、「首相が気に入らん」とか限度を超えた介入をしたり、自民党の延命に手を貸していたことを追及してきた。世間の反応はすごかった。

 その結果、公明党は衆院選で8選挙区を全部落とした。十分反省して、これからは政治介入は慎んでもらいたい。

 こちらから公明党に協力を求めることはない。25日投開票の参院静岡、神奈川補選を公明党は自主投票にした。だからといって、われわれが公明党に手を伸ばしたら、国民から鉄槌(てっつい)を下されるよ。

 自民党は侮れない相手だ。衆院選は民主308議席、自民119議席だったが、小選挙区制の魔術で出てきた数字だ。わが方が3倍の力を持っているわけじゃない。だから小沢(一郎幹事長)は経験と動物のような勘で、どんどん選挙区を回るね。

 彼は候補者と一緒に記者会見して地方紙に載せてもらって、候補者を華々しくスタートさせていく。輿石東(こしいし・あずま)参院議員会長)を幹事長代行にしたのは、自分は地方を回って党本部の会合をさぼったろうと思っとるんやで(笑)。でもそれはええことやないか。まずは参院選に勝たないかんよ。(坂井広志)



 こやつの発言はよく覚えておこう。発言は自由だが、自身某宗教団体から支援をうけていてよくいえたものだ。
 だいたい、政治家たるもの支援者のいいなりになるぐらい動くべきではないか。自分は支援はしてもらってるがいいなりにはならないと豪語しているつもりか。そんな政治家はいらないよ。
 宗教団体に属していても一国民である。その国民の民意を無視し差別するような輩は断じてゆるさない。
posted by 元 at 08:57| Comment(1) | TrackBack(0) | 政治 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月28日

鯖さんの 「毎日御書を!」 への感謝状

 毎日御書に触れることって意外と難しいと思うのは私だけでしょうか?

 そんなお悩みの方へ朗報があります(笑)


 ジャジャーン! 毎日御書を! です!

 このメルマガに登録するだけで、な・なんと、毎日御書がアナタの携帯メールに配信されます!

 さらに! すばらしいコメントまで付いてきます!

 さ・さらに! 鯖板にて、JunkDark さんによる通解がー!

 さ〜気になるお値段ですがー、な・なんと〜! 〇円!!!


 いや〜いたせりつくせりですね〜!  


 皆さんも是非登録してくださいな!
posted by 元 at 20:05| Comment(4) | TrackBack(0) | 御書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

報恩抄

【御文】
 
 日本乃至漢土月氏一閻浮提に人ごとに有智無智をきらはず一同に他事をすてて南無妙法蓮華経と唱うべし、此の事いまだひろまらず一閻浮提の内に仏滅後二千二百二十五年が間一人も唱えず日蓮一人南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経等と声もをしまず唱うるなり、例せば風に随つて波の大小あり薪によつて火の高下あり池に随つて蓮の大小あり雨の大小は竜による根ふかければ枝しげし源遠ければ流ながしというこれなり、周の代の七百年は文王の礼孝による秦の世ほどもなし始皇の左道によるなり、日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外未来までもながるべし、日本国の一切衆生の盲目をひらける功徳あり、無間地獄の道をふさぎぬ、此の功徳は伝教天台にも超へ竜樹迦葉にもすぐれたり、極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず、正像二千年の弘通は末法の一時に劣るか、是れひとへに日蓮が智のかしこきにはあらず時のしからしむる耳、春は花さき秋は菓なる夏はあたたかに冬はつめたし時のしからしむるに有らずや。
(御書P328・16行目〜P329・7行目)

【通解】

 日本から漢土(中国)、月氏(インド)、そして全世界において、仏法の智慧がある人と、そうでない人を分け隔てることなく、一人一人がみんな一緒に他の修行を捨てて、南無妙法蓮華経と唱えるべきである。
 このことは、いまだ広まっていない。全世界の中で、釈尊の入滅後、二千二百二十五年の間、一人も唱えなかったのである。ただ日蓮一人が、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経と、声も惜しまず唱えているのである。
 例えば、風の強さにしたがって波の大小がある。薪の量によって炎の高下がある。池の深さにしたがって蓮の大小がある。雨の大小は竜の大きさによる。「根が深ければ枝が茂る。源が遠ければその流れが長い」といわれるのは、このことである。
 中国の周の時代が七百年続いたのは、文王の礼孝が厚かったためである。秦の世がたちまち滅びたのは、始皇帝の行いが非道だったためである。
 日蓮の慈悲が広大であるならば、南無妙法蓮華経は万年の先の未来までも流布するであろう。日本国の一切衆生の盲目を開く功徳がある。無間地獄への道を塞いだのである。
 この功徳は伝教や天台にも超過し、竜樹や迦葉よりもすぐれている。
 極楽百年の修行の功徳に及ばない。正法・像法二千年の弘通は、末法の一時の弘通に劣るであろう。
 これは、ひとえに日蓮の智慧がすぐれているからではなく、時がそうさせるのである。春は花が咲き、秋は果実がなる。夏は暖かく、冬は冷たい。これらも時がそうさせることではないか。
posted by 元 at 01:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 御書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月24日

乙御前御消息

【本文】

 されば妙楽大師のたまはく「必ず心の固きに仮りて神の守り則ち強し」等云云、人の心かたければ神のまほり必ずつよしとこそ候へ、是は御ために申すぞ古への御心ざし申す計りなし其よりも今一重強盛に御志あるべし(御書P1220)

【通解】

 (諸天善神が善人を守護することは間違いないことから)それゆえに妙楽大師は「必ず心の固きによって神の守り、すなわち強し」と言われています。人の心が堅固であるならば、神の守りが必ず強いということです。
 このように言うのは、あなたのために言うのです。これまでのあなたの信心の深さについては、申し上げるまでもありません。これまでよりよりもなお一層、強盛に信心に励んでいきなさい。


 池田名誉会長は語っています。
 「『一人立つ』信念の人は宇宙をも味方していく・・・一人、決然と立ち上がることである。その瞬間に、諸天も呼応して立ち上がる。その人を守る。私は自分自身の人生で、この法則を証明してきた」
 私たちも、自身の使命の場所で、信心の限りない力を厳然と証明していきましょう。

2009-10 大百蓮華 No717 P73
posted by 元 at 03:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 諸天 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月22日

名字の言

 仏教で説く「業」は、一般的に、変えられない、固定的なものと考えられている。「業が深い」「自業自得」など、いずれも悪い意味で用いられることが多い(中村元編『仏教語源散策』)。そこから、宿業といえば、「あきらめ」というイメージがつきまとっているのだろう▼だが、本来の「業」という言葉は、「行為」という意味だ。身体と言葉と心の三つによる行為(身口意の三業)で、これから未来を、どう築きあげていくかに力点が置かれている▼過去を振り返り、過去に縛られるのではなく、「現在」という確かな一点から未来を開く。日蓮大聖人の仏法は、宿命転換を実現する「希望の宗教」である。御書に「仏は一念随喜の功徳と説き給へり」(466ページ)とも示されているように、一念という「現在の生命」に仏の境涯を開いていくことで、歓喜を涌現していけるのである▼東京大学の社会科学研究所は「希望学」を創設した。発起人である玄田有史教授は、実施したアンケートの結果から、「挫折を乗り越えた先にこそ希望がある」と指摘している(『希望を語る』東京大学出版会)▼失敗、挫折を克服した経験があればこそ、希望は輝く。どんな境遇をも、強い心で、好機へと転じていきたい。(悠)


2009-9-22 聖教新聞 名字の言
posted by 元 at 16:07| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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