2009年06月10日

新・人間革命  波濤49


 山本伸一は、女子部の人材育成グループの人選基準を示していった。
 「それから、教学の力のある人を選ぼう。戸田先生は『女子部は教学で立て』と言われたが、それは人生の哲学を確立しなさいということだ。教学という生き方の哲学がなければ、仏法のうえからの重要な指導を、受け止めていくことはできないからね。
 さらに、最も大事なことは、広宣流布の使命に生き抜く決意がある人を探すことだ。この心が定まらず、自分の気分や感情、状況に流されていくようでは、育成のしがいがないじゃないか。
 そして、人間的な魅力も大事だね。誰もが“さわやかな人だ。私も、あのようになりたい”と、憧れをいだくような人だ」
 それから、伸一は、皆の顔を見つめながら言った。
 「ともかく、女子部の首脳が、みんなで力を合わせて、人材を探し出すんだよ。人材を見つけるということは、自分の眼、境涯が試されることでもある。
 たとえば、地上から大山を見上げても、その高さはよくわからない。しかし、高いところから見れば、よくわかる。
 同じように、自分に、人材を見極める目がなく、境涯が低ければ、相手のすばらしさを見抜くことができない。だから、自分を見つめ、唱題し、境涯を高めていくことだ。
 このグループは、最終的に各方面にも広げていくことになるが、決して急ぐ必要はないよ。焦らず、二年ぐらい時間をかけ、みんなで人材を探して、結成していけばよい。あなたたちが、二十一世紀の中核の陣列を築き上げてくれることを、楽しみにしているよ」
 女子部長の田畑幾子が、決意をかみしめるように答えた。
 「はい。みんなで力を合わせて、世界をリードする女性人材群をつくってまいります」
 伸一は、その人選作業を女子部の首脳に委ねることで、彼女たちの人を見る眼を培い、境涯を高めさせたかったのである。

2009-6-10 聖教新聞


 まずは、自身が悩み苦しみそして人間革命して成長して境涯を高め、自身が人材になる覚悟からはじまるようにおもいます。
 もっと悩まねば。

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2009年04月07日

今日の名字の言

 泣き虫の少年は、いつも小学校で、いじめられていた。ある日の図画の時間。画用紙に向かい、色鉛筆が折れるほど力を入れた。懸命に描いた絵。一風変わった絵だったのか、級友たちはゲラゲラ笑った。だが先生は盛んに褒め、赤インキで大きく三重丸を書いてくれた▼“世界のクロサワ”となった映画監督・黒澤明氏の小学3年生の時の思い出(『蝦蟇の油』岩波書店)。三重丸で自信をつけた黒澤少年は、絵を描くのが好きになった。上手にもなった。同時に、ほかの教科の成績も、ぐんぐん上がった。彼を理解する一人の先生の存在が、可能性の芽を急速に伸ばした▼周りから評価されなくても、たった一人でも側で見守り、たたえてくれる人がいれば、人は自分の可能性を信じることができる。一つの自信が挑戦の心を育み、大きな使命の花を咲かせる▼池田名誉会長は「『未来の宝である子どもたちを、みんなで協力して育てていこう』。この美しき教育の連帯の心を、社会全体が共有すれば、子どもたちの可能性は、ますます開けゆくにちがいない」と▼進学、進級で新たな一歩を踏み出し、慣れない環境で奮闘する子どもたち。どんな小さなことでもいい。頑張ったことに、三重丸の励ましを送ってあげたい。(時)


 一人を信じぬくことの大切さを感じました。一人の可能性を信じていきたい。
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2009年03月23日

今日の名字の言

▼自身が得た「信仰」や「師弟」の魂を、後継の友へ、いかにして伝えるか――。それには、相手が一緒に“体験”できるように語ることが大事ではないだろうか。その時は、どういう状況だったのか。師は、どのように振る舞ったのか。自分は、どう感じたのか……。具体的であればあるほど、はっきりと伝わる▼釈尊の弟子たちは、師の言動を「八万法蔵」と呼ばれる多くの経典として残した。私たちも、語り広める努力を惜しむまい。

2009-3-23 聖教新聞 名字の言


 大学校生と悪戦苦闘しながら行動を共にし、共に成長し、師匠につなげ、学び実践し体験を沢山経験し原点になることを願う。
posted by 元 at 14:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 人材育成 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月21日

上野殿御返事

 人のものををしふると申すは 車のおもけれども油をぬりてまわり・ふねを水にうかべてゆきやすきやうにをしへ候なり、仏になりやすき事は別のやう候はず、旱魃にかわけるものに水をあたへ寒冰にこごへたるものに火をあたふるがごとし(御書P1574)

(通解)人がものを教えるというのは、車が重かったとしても油を塗ることによって回り、船を水に浮かべて行きやすくするように教えるのである。仏に成りやすい道というのは特別なことではない。干ばつの時に喉の渇いた者に水を与え、寒さに凍えた者に火を与えるようにすることである。


 私は今Gの大学校の運営員をやっています。大学校生は入団当初より今格段に成長を感じることができます。この御文の通りに人材育成できるようまずは自分が人材にならねばと思う。
 大学校生を信じ、尊敬し、敬って、最大限の誠意を尽くし必ずや自分以上の人材にしゆくことを願い成就したい。
posted by 元 at 00:49| Comment(1) | TrackBack(0) | 人材育成 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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