2009年10月16日

G大学校運営委員

 新世紀9期生と共に日々奮闘しています。

 大学校生と関わっていくなかで色んな事を気づかされます。人の意識を変えるのも、変えろと言って変わるものではなく、やれと言ってもやれるわけでもない。まずは自身が変革していかなければ何も変わらない。怠惰している自身の弱い命と戦うべく、9.1牙城会の日に戦闘の狼煙をあげた。

 苦難に満ちた顔をしながら何とかしがみついてきている大学校生もいれば、仕事が忙しく会合へ集うのも大変な人もいる。会える友人も少なく落ち込んでいる人もいる。活動報告するのも弱々しい声でぼそぼそとしか話せない人もいる。
 一緒に唱題し、目標を定め、動き、指導受け、そしてまた祈る。その繰り返しの連続。朝勤からスタートし仕事に行き、そして友人にあたる。それから連携をし、総括する。大学校生とのおもいをぶつけ合い、そして決意していく。生命が引いてしまえばすぐさま結果に出る。
 自信の一瞬の甘えや油断がすぐさま広宣流布を遅らせてしまう。
 実際、眠いし、疲労感も強い。でも負けられない。これからが本当の戦いだと自身を奮い立たせ進むしかない。皆、一緒に戦っているから。

 戦う中で、大学校生の変化も現れている。目つきが真剣になった。言動が強くなった。連絡も毎日来る。いよいよこれからが本当の勝負だ!

 絶対に大勝利し、共に歓喜を!
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2009年09月02日

9.1 牙城会の日


 牙城会
 ありて本部の
 大城は
  皆が朗らか
 皆が楽しく

 牙城会
  君達ありて
 広宣の
 陣列 雄々しく
 勝利 勝利へ

 牙城会
 皆が安心
 頼もしき
  活動 見つめて
 感謝と安堵か

2009-9-1 名誉会長より記念の和歌が贈られる
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2009年09月01日

きょう、牙城会の日


「厳護の魂」受け継ぐ勇者たれ

 きょう9月1日は「牙城会の日」。
 1963年(昭和38年)に世界広布の中心牙城である学会本部が完成した意義を込め、76年(同51年)に制定されたものである。
 この年の晩秋、池田名誉会長は、牙城会メンバーと一緒に学会本部周辺を巡回した。尊い会員を一人も漏れなく守ることが最も大切であり、どうすれば守れるのか――名誉会長の一挙手一投足に、牙城会メンバーは、師と同じ責任感と行動を生命に刻んだのである。
 名誉会長は、牙城会の使命に触れ、「随筆 新・人間革命」で綴っている。
 「“私が断じて守る!”“断じて、悪を寄せつけない!”。この強き一念こそ、牧口先生、戸田先生、そして私と、三代の師弟に流れる『厳護の魂』である」
 牙城会の誇り――それは、雨の日も風の日も、何ものにも紛動されず、毅然と会館厳護、学会厳護に徹することだ。
 牙城会の使命――それは、魔の蠢動を細心の目をもって見破り、破邪顕正の最前線で戦うことである。
 邪宗門らの謀略によって79年(同54年)に第3代会長を辞任した名誉会長が、その後、初めて正式に出席した“会合”こそ、80年(同55年)8月31日に行われた牙城会の第1回「柔剣道大会」であった。
 学会に最も激しい嵐が吹き荒れるなか、名誉会長は牙城会の友に語った。
 「いかなる境遇にあろうとも広宣流布という青春に腹を決めて進んでもらいたい。信心という黄金の人生に徹しきって歩んでもらいたい」と。
 「厳護の魂」を燃やす若師子の凛々しき姿が、同志にどれほどの安心と勇気と希望を送ってきたことか。この魂を受け継ぐ勇者が陸続と生まれる限り、万代にわたって学会は盤石である。
 御聖訓には「陰徳あれば陽報あり」(御書1178ページ)と仰せである。
 「隠れた善行は明確な善の報いとなって必ず表れる。陰で黙々と広宣流布のために献身してきた苦労は、いつか必ず、大功徳となって花開く。仏法は生命の厳たる因果の法則であるからだ」(小説『新・人間革命』)
 妙法の功徳は「冥の照覧」である。「信念の人」「努力の人」「忍耐の人」の3指針を胸に刻み、毀誉褒貶の風などものともせず、青春の無量の宝の日々を戦い抜く牙城会の活躍に期待したい。

2009-9-1 聖教新聞 社説


 
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2009年03月24日

牙城会への大激励

新時代 第27回本部幹部会 第33回SGI総会 全国青年部幹部会・壮年部幹部会

 一、広宣流布こそ、世界平和への根本の大道である。
 それを成し遂げゆく創価学会を護ってくださる、尊い皆様方のことを、私は、絶対に、永遠に忘れない。
 きょうは、男子部の「牙城会」の方は、いますか?
 今まで「牙城会」で頑張られた方は?
 本当に牙城会は、よくやってくれている。また、よくやってこられた。
 壮年部の「王城会」も同じく「会館厳護」「学会厳護」の任に当たってくださっている。
 一番、陰の立場で、誇り高く、使命を果たしておられる。
 ありがとう!
 牙城会があったから、学会は護られた。増上慢の幹部が護ったのではない。牙城会である。皆様の苦労を、私は、よく知っているつもりだ。
 どんなことでも、爪の先ほどまでも、私は全部、心を配ってきた。
 何を聞いても、見ても、その本質を見抜いて勝利への手を打ち、価値を創造していけなければ、世界広布の指導者になれない。
 ゆえに、戸田先生の訓練は厳しかった。
 一人一人の身だしなみや髪の乱れなど、細かなところまで見ておられた。時には雷鳴のごとき叱責が飛んだ。恐れをなして、離れていく弟子もいた。
 「去る者はされ!臆病者など、役に立たぬ。本物の弟子が一人いればいいんだ。そこから、何千、何万、何百万もの人材が出てくるのだ」
 これが先生の確信であった。真の弟子は一人立った。学会には今、数多くの若き人材郡が躍り出ている。

 厳護の旗高く

 一、昭和46年(1971年)1月のことである。当時、「会館警備」などと呼ばれていた各地のグループを、全国の組織として結成することになり、男子部のリーダーが相談に来た。
 私は、「広宣流布の牙城を守る人材育成の組織だから、『牙城会』は、どうか」と提案した。そこで、同じ年の2月1日に牙城会が結成されたのである。
 戸田先生は、学会の草創期から、「牙城」という言葉を非常に大事にしておられた。
 昭和29年(1954年)2月20日、戸田先生と私は、翌日に控えていた大阪、堺、八女の3支部の総会に出席するため、大阪入りした。
 指導を求めて、続々と駆けつけてくる関西の地区部長を前に、戸田先生は言われた。
 「関西は東京に次ぐ牙城たれ!」と。
 私も『若き日の日記』に、「大阪の牙城」「先生の牙城」など、幾度も「牙城」と綴っている。
 <池田SGI会長の『若き日の日記』には、「大阪の牙城も、一年ごとに堅固になってゆく」「発展を祈る。広布の一つの牙城として」「戸田先生の牙城たる日本正学館に、編集員として入社」等と記されている>
 一、「牙城」とは、「大将のいる所」「城の本丸」「戦いの根拠地」という意味である。
 「牙旗を立てている城」である。「牙旗」とは、古来、中国で大将のいる所に掲げられた旗のことだ。猛獣が牙で身を守るという象徴として、旗先に象牙が飾られた。
 このように、「牙城」には、重要な意義があることを語り残しておきたい。
 どうか、「冥の照覧」を、深く強く確信していただきたい。
 牙城会の皆様の苦労は、まだまだ知られていない。真剣に、徹して警備に当たっているのに、真情が理解されないこともあったにちがいない。
 尽きせぬ感謝と、ねぎらいを込めて、皆様の功労を、もう一度、讃えたい。牙城会、王城会、本当にありがとう!

2009-3-10 聖教新聞


 
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2009年03月06日

本部幹部会

 今日本幹に参加しました。
 牙城会にたいして最高の激励のお言葉をいただきました。涙があふれました。感激と共に新たなる決意と感謝の念が湧き上がりました。言葉では言い尽くせぬおもいでありました。牙城会としての使命と誇りを永遠に心に刻み最高の師弟城を築きたい。
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2009年02月01日

道場神守護事

城の主剛ければ守る者も強し城の主( おず )れば守る者忙る、心は是れ身の主なり(御書P979)

(読み)
しろのぬしたけければまもるものもつよししろのぬしおずればまもるものおそる、こころはこれみのぬしなり

(通解)
城の主が強ければ城を守る者も強い。逆に、城の主が恐れていると、守る者も恐れおののいてしまう。心は身の主である。



 牙城会記念総会に参加いたしました。長谷川副理事長の指導のなかで、池田先生が恩師戸田先生へのおもいを教えていただきました。「自分が負けてしまっては、師匠に迷惑をかけてしまう。だから負けるわけにはいかない」と。先生の師匠へのおもいの深さははかりしれないと感じました。
 この御書は頂いた研究資料から引用しました。学会厳護にあたってこの御聖訓を心に刻んで取り組んでいかねばと決意いたしました。
 師子王の如く大不況の今を駆け巡り獅子吼してまいります。
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2009年01月30日

2月1日、結成記念日

牙城会よ 師弟の魂に生き抜け

 広宣流布の拠点である全国・全世界の会館で、師弟の精神に燃えて学会厳護の使命に生き抜く青年部の人材グループ「牙城会」――明後2月1日は、牙城会の結成記念日である。
 その淵源は、1971年(昭和46年)1月。それまで、各地の会館で自主警備にあたっていた友は、「会館警備」「当番」などまちまちの名称で呼ばれていた。そこに池田名誉会長から、「広宣流布の牙城を守る人材育成の組織だから、『牙城会』がいい」との提案が。翌2月の1日に、新たな発足となった。
 以来、38星霜。雨の日も吹雪の日も、自身の場所で師匠を心に抱き、会館を守り続ける牙城会の友。
 名誉会長はかつて、最北の北海道で使命に徹する友に「ただ頼む 冥の照覧 牙城会」と句を贈った。
 またある時は、学会本部周辺を牙城会と共に巡回警備に歩き、「牙城会は、本部、会館、そして、学会員を守る大切な使命がある。だから、どんな小さいことも見過ごしてはいけない」と、事故を未然に防ぐ心構えを自ら教えてきた。
 師匠の直接の薫陶を受け、牙城会は一年一年と強固な陣列を築いてきた。会館の近隣で起きた不審火や不慮の事態を発見し、迅速な対応で大事に至る前に食い止め、表彰されたメンバーなど、地域を守る活躍も枚挙にいとまがない。
 「陰徳あれば陽報あり」(御書1178ページ)の御聖訓を胸に、メンバーは不況の社会の真っ只中で粘り強く実証を広げている。今では父子2代で牙城会という友も多い。これほど多くの青年に“民衆を護る”陰徳陽報の大道を教え、実践する団体がどこにあるであろうか。混迷の日本の未来を担う学会青年部の育成に、刮目する識者も多い。
 昨年の結成記念日。名誉会長は広布第2幕の牙城会に新たな命を吹き込んだ。「『牙城』という名前それ自体は、戸田先生と私の師弟が、深く深く大切にしてきた言葉であります」と。さらに12月の青年部幹部会の席上、こう詠んだ。
 牙城会
  恩師と私が
   命名す
  第一級の
   勇者となりゆけ
 創価の師弟の魂が凝縮された「牙城」の名。全国の友は、「青年・勝利の年」も勢いよく厳護の闘争を開始している。

2009-1-30 聖教新聞 社説


 ありがたい。「牙城会」の名のなかに師弟があります。志願兵となってはや2年。今、本担として二期目にはいります。先生のお膝元で訓練をうけることのありがたさを、どう表現すればいいのでしょう。
 牙城会記念総会でありがたくも先生から激励をいただくことになりました。この大恩にどう応えていくのか新たに決意し不惜身命のおもいで戦い必ず恩返しいたします。
posted by 元 at 17:32| Comment(4) | TrackBack(0) | 牙城会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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