2009年01月13日

一生成仏抄

 一念無明の迷心は磨かざる鏡なり是を磨かば必ず法性真如の明鏡と成るべし、深く信心を発して日夜朝暮に又懈らず磨くべし何様にしてか磨くべき只南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを是をみがくとは云うなり (御書P384)

 

 迷い悩む生命は磨かない鏡のようなものです。これを磨くならば、くもりのない鏡のように、かならず真実の悟りの智慧の鏡へと変わるのです。深く信心をふるいおこして、昼も夜も朝も晩も、つねに油断しないで自分の生命を磨かなければなりません。どのようにして磨けばよいかといえば、(御本尊に)真剣に南無妙法蓮華経と唱え、信心にはげむことが生命を磨くことになるのです。


 私は、迷い悩みが自然発祥してきます。だから題目を唱え広宣流布してゆきます。
 今私の中で根本にしているものは、
一、師弟
一、題目、祈り
一、破邪顕正
です。
 自身を磨き、師匠を宣揚し、悪を攻め抜く一年にし、幸福の基盤を創りたい。

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2009年01月01日

「青年・勝利の年」

生死の長夜を照す大燈元品の無明を切る利剣は此の法門に過ぎざるか

御書P991

(通解)生死長夜の闇を照らす大燈明であり、われわれの元品の無明を断ち切る大利剣は、この法門(三大秘法の南無妙法蓮華経)のほかにはありません。


 「青年・勝利の年」を南無妙法蓮華経の題目根本で必ず勝利いたします。私たちは、「南無妙法蓮華経」という最強の利剣を持っています。しかし、使命ある勇者しかその利剣は使えないとおもいます。勇気を奮起こし、この最強の利剣で悪(無明)を切ってまいります。
 最高の一念でこの一年を勝負いたします!


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2008年12月28日

迷ったときは出発点にもどれ

 初代会長・牧口先生は、よく「迷ったときは出発点にもどれ」と言われた。何かあったら、私どもは、つねに「信心」に戻っていくことだ。戸田先生の言葉を、続けてご紹介したい。師の言葉は、すべて遺言である。「青年としての特徴は、情熱と思索だ。それがあれば年を取らないのだ」「信・行・学は、われわれ信者が欠かしてはならない条件である。そして折伏は、広宣流布を誓った人間の必須条件である。日蓮大聖人は、一生、折伏されたのである」「幹部は指導力がなくてはならぬ。それには教学をきっちりと身につけることだ。そして御本尊には絶対に功徳があるという確信に立って、いかにして人材を養成するかを心がけねばならない」
 青年部に ― 。「妙法という偉大な哲学に目覚めた、正真正銘の社会の指導者に成長し、思う存分に活躍してもらいたい。これが、乱れきった末法における民衆救済の大道なのである」。社会を変え、民衆を救うのは、青年である。
 戸田先生は、若き日の日記に綴られた。
 「戦闘準備なり。開始せば死を賭して健闘し、天下に獅子吼せよ」
 我らもまた、この若き日の先生の気迫で進んでまいりたい。いったん戦うと決めた以上、師子のごとく戦い、勝たねばならない。
 今、皆さんは、日々、真剣に折伏に挑戦されている。牧口先生は、こう言っておられる。
 「折伏は、どこまでも相手を救っていく厳然たる態度を忘れはならない」
2007-11-28 第三回全国青年部幹部会


 私は自分の心の中にある汚い生命に気づき迷いました。それは、自分自身を見つめ疑う所からはいりました。以前「自己の心性を観じていくとは、自身を見下ろすことなのでしょうか」とコメントいたしました。そこから、自身の深いところまで色々思索してみたのです。
 だからこそ、本当にこの信心でこの信心で迷いを断とうと思いました。「信・行・学」を徹底的に学び行動し信じ抜いていきたい。
 折伏しかないと、今週は3人に対話し、1人は現場を持ちました。大学校生と共に戦っています。原点に返り新たなスタートをきって自他共の幸福を勝ち取ります!
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