2012年11月06日

有能な人材が辞めない職場

有能な人材が辞めない職場

2012.11.06

先日イギリスのある大手ソフトウェア会社の方とお会いしました。この会社、ケンブリッジにあり、ケンブリッジ大学の研究者や卒業生が中心になって立ち上げた会社で、世界中の大企業にあるソフトウェアを提供している有名企業であります。この会社の製品は、投資銀行や中央官庁などでも使われおり、業界では知らない人はいない、と言われています。

同社はケンブリッジ大学だけではなく、米国の超有名大学やシリコンバレー界隈から人を採用し、少数精鋭で製品を開発してます。コストカットのために、インドやエジプトなどには開発作業を外注していません。品質を保つために、殆どの作業をケンブリッジ周辺で行っています。

開発に関わる人材はどこの会社も欲しがる精鋭ぞろいですが、同社はスタッフの退職率が低いことで有名です。それには秘訣があるのです。この会社、就労環境を極力自由にし、開発者が床でゴロゴロしながら仕事しようが、仕事中にゲームをやろうが、何を食べていようが、どんな服装だろうが、自由にしてるというのです。

職場には無料のゲームや食べ物が沢山用意されてます。オフィスのインテリアには莫大なお金をかけて、会社にいたくなるような環境を作り上げます。組織体制は可能な限りフラットにしています。

また、ケンブリッジ大学の卒業生を採用したいので、オフィスはケンブリッジに置いています。イギリスのテクノロジー系の会社には、コストカットのために、土地の値段の安い所に移転する会社も少なくないのですが、この会社は、優秀な人に引っ越す手間などをかけなくないので、あえて会社を移転しないそうです。

面白いなと思ったのは、この会社、社員旅行をやっていることです。クリスマスや様々な季節の行事には、会社負担で外国まで旅行に行き、従業員の仲間意識を高めているそうです。強制ではないのですが、楽しい旅行なので殆どの人は参加するそうです。社員旅行というよりも、部活やサークルの合宿の様な雰囲気の様です。

このように、従業員がなるべく自由に働ける様にすることで、楽しい雰囲気を作り、転職しない環境を作っているのです。もちろんそれなりの報酬も払っていますが、高い報酬を払っても転職する人は転職します。EUの調査でも、仕事の満足度は、仕事のペースややり方や働く場所を自由に決められたり、自立的に進められればられるほど高い、という結果がでています。また、高い報酬から得られる幸福は一時的な物で、仕事のやりがいや職場の雰囲気の方が、従業員の幸福度に貢献する、という調査もあります。

実際この会社には優秀な人が留まっていますので、正しいことをやっているのでしょう。

ちなみに、この様に従業員に取って快適な職場環境を作るにあたり、この会社は、「職場環境を作ることを専門にやっているコンサルティング会社」に仕事を依頼しています。どんな食べ物を提供するべきか、どんなイベントをやるべきかなど、様々な会社でやってみて成功したことを知っている会社の「知識」や「ノウハウ」にお金を払っているのです。

日本だと人事部がお金をかけるのは、あまり意味のないコミュニケーション研修や、従業員を3日間監禁して洗脳する様な研修ですから、発想が違いますね。

「グローバル人材」を引きつけたいなら、日本の会社は、職場環境を改善しないといけません。優秀な「グローバル人材」は、朝礼があって、ぶすっとした顔の中年がドブネズミ色のスーツを来て安物の事務机に座っていて、漫画を読んでいると怒られて、サービス残業という名前の無償労働があって、宴会は愚痴大会で、みんな不幸、という 「強制収容所のような職場」には、いくらお金を積まれても来ないのです。

英語を公用語にする暇があったら、無償労働や従業員の虐待を止めたらどうでしょうか。
posted by 元 at 17:01| Comment(1) | TrackBack(0) | 権力 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月30日

現役ブラック企業社長が、社員を安くこき使う華麗な手口を暴露!

現役ブラック企業社長が、社員を安くこき使う華麗な手口を暴露!
Business Journal 10月30日(火)7時13分配信

『ブラック会社限界対策委員会』(パルコ/ヨシタケシンスケ)
 給与、勤務時間、休日など労働条件が労働法に違反している、もしくはその企業が行っている事業そのものがなんらかの法令に違反しているなど、決して他人に入社を勧められない企業のことを「ブラック企業」という。そんなブラック企業の実態に迫ってみた。

●入社して、この会社おかしいと思ったなら?

 どのような会社でも、入社前、外からでは、その内情をうかがい知ることはできない。では、もしブラック企業に入社してしまった場合は、どうすればいいのだろうか。できるだけ早く、まっとうな企業に転職するしかないだろう。決して我慢して長く勤めようと考えてはいけない。

 なぜなら、そもそもブラック企業の経営者は、社員の人生を背負っているという発想がないのだ。労働の対価である給与もできるだけ安く抑え、なんだかんだ理由をつけて、踏み倒すことさえ厭わない。

 事実、従業員30名程度を擁するあるIT企業経営者のA氏は、自らをブラック企業経営者と認めたうえで、「従業員は敵だと思っている。いかに安くこき使い。文句を言わせず、上手に辞めさせるかだ」と言い切る。従業員サイドに立ってみれば、こんな企業に長居し、忠誠を誓ったところで人生を空費するだけだ。

 A氏は採用時、労働時間、待遇などに文句を言わず、黙々と働きそうな「使い勝手のいい人材」のみを採用するという。A氏に詳しく話を聞いてみた。

●使い勝手のいい人間を採用して、こき使う

ーー「使い勝手のいい人材」の基準というか、見分け方は?

A氏 人の上に立とうとか、そういう野心がない人間。人に使われるしか能のない人間だ。学歴はあまり関係ない。真面目で、人を疑うことを知らず、そこそこ育ちがよくて、素直に人の言うことを聞く、それでいて責任感が強いかどうかだ。

ーー御社における社員の待遇は? 給与や、勤務時間、休日などを教えてください。

A氏 給与は月に13万5000円。残業代はない。勤務時間は一応、朝9時から夕方5時まで。昼休みも1時間ある。しかし社員はみんな、自発的に朝は8時には会社に来ている。夜も自発的に終電に乗れるまでは働いている。泊まり込みも自発的に行ってくれている。月2回は土曜日も出勤。そうしないと仕事が回らないからね。

ーー本当に、それだけの勤務時間を要するほどの仕事があるんですか?

A氏 ない。意図的に「仕事のための仕事」をつくって、長時間働かせているだけだ。

ーーなぜ、そのようなことを?

A氏 長時間働かせ、ピリピリした社内の空気に長く触れさせることで、余計なことを考えさせないようにするためだ。今の言葉でいえば「社畜」というのかな。そうすることが目的だな。

ーーそれにしても、条件面ではかなり厳しいですよ。社員の方は文句を言わないですか?

A氏 文句を言うような人間は採用していない。文句や不満を言わせないよう、社内の雰囲気を日頃からつくっている。また最初にガツンとやっているので、社員から不満だの文句だの出ない。

ーー最初にガツンとやるとは、どういうことをやるのですか?

A氏 仕事でミスがなくても、些細なことで厳しく叱責する。そしてそれをしばらく続け「このような仕事ぶりでは給与は払えない」と言う。「お前はこんなにミスが多いが、それでも給料を払ってやってる」と刷り込む。つまり経営者である私を怖いと思わせることだね。

ーーミスは徹底的に責めるというわけですね?

A氏 ミスに限らない。勤務時間中の私用メールや電話、新聞など読んでいても「私用」としてどやしあげる。これで社員へのにらみは利く。もっとも、褒めるときには褒める。「アメとムチの使い分け」も重要だ。

●劣悪な環境に慣れさせて、たまに優しくする

 このIT企業経営者がいう「アメとムチ」は、劣悪な環境、雰囲気に慣れさせ、たまに優しくすることで、社員の喜びをくすぐるというものである。

 例えば、この企業では、労働基準法で定められた休暇の取得すら、一切認めていない。休暇が認められるのは、風邪をひいたなどの病欠時のみだ。この部分がムチである。ただし、たまに仕事量が少なくないとき、1000円程度の昼食をおごる、3000円程度の夕食をおごり、早めに帰す……これがアメだという。A氏は、「日頃から厳しくしている分、たまにある『アメ』の部分で、社員は自分が認められていると思い込む。その心理につけ込むというわけ。これで社員は私の言うことを聞く」という。

 引き続き、話を聞いてみよう。

ーーもし社員が、労働基準監督署にでも告発したら?

A氏 そういうことを考えさせないために、仕事を増やし、拘束時間を長くし、にらみを利かせてプレッシャーをかけている。

●社員が定着しないための環境づくり

ーー長くいる社員の方は、やはりその方が定年を迎えるその日まで、大事にされるおつもりですか?

A氏 それはない。年齢が高くなれば、それだけ給料も上げなければならない。長くてもせいぜい5年、できれば3年くらいで出て行ってもらいたい。

ーー誰しも、せっかく就職した会社を3年から5年で退職したいとは思わないでしょう?

A氏 それは居心地がいいところなら、それでもいい。しかしうちは、まだまだそんな居心地のいい会社にできる余裕もなければ、するつもりもない。3年から5年で自発的に辞めてもらう。

ーー皆さん、そのくらいの期間で都合よく辞めてくれるものですか?

A氏 1年目、2年目で、とにかくどやしつける。ただし、少し仕事を覚えてきたら褒める。この頃が一番使い勝手がいい。でも、仕事の振り分けで、うちに長居しても同業他社で通用しそうなスキルなどは絶対に身につけさせないようにしている。それに本人が気づいて、休暇も認めていないので、転職するにはうちを退職するしかないと気づかせるのです。もちろん自発的に退職するときには、盛大な送別会はする。それが退職金代わりになるというわけだ。

ーー古株で、仕事を覚えているような方の場合は、どうやって辞めさせるのですか?

A氏 仕事の面で無視する。使い勝手がよくなると、ある程度権限を与えて、新人の指導もさせているが、些細なきっかけでいいので、新人の前で叱りつけ、それまでの権限を取り上げる。これで普通は辞めていく。

ーー起業家として、そうした経営に思うところはありませんか?

A氏 まったくない。今は一人一人が経営者という時代だ。社会保険料まで、こちらが支払って、その恩恵を受けているのだから、それで十分だろう。嫌なら自分が経営者になればいい。企業経営とは、従業員をいかに効率よく働かせるかだ。もっともそれは社員のためではなく、私の会社のためだ。そこを履き違えてはいけない。

●さっさと見切りをつけるにしても……

 これでは、とても企業として発展するとは思えないのだが、ある経営コンサルタントは、こうした経営姿勢について「確かに発展はしない。しかし経営を維持するという面では、あながち間違いではない」という。

 また、こうしたブラック企業、経営者の下で働いた経験のある人は、「少ないながらも貯金ができて、退職し、失業保険で食いつなぎつつ、再就職に向けた活動を行うと、労働基準監督署に告発しようという気もうせた」と話す。

 もしブラック企業に入社してしまった場合、さっさと見切りをつけて退職したほうがよさそうだが、一歩間違えればドツボにハマる可能性があるという。ある労働基準監督官は、次のような本音を漏らす。 

「早期退職で、きちんと仕事をしていない……、ゆえに会社に迷惑をかけたなどの理由で給与の支払いを拒んだり、逆に違約金を支払えという企業もある。あまりに労働者側に立った労働基準監督行政を行い、企業を閉鎖、倒産に追い込むと、それはそれで問題となり、我々もそうしたことを嫌う傾向がある。どのような仕事でも、給料をもらえる仕事をしている以上、従業員側が耐えてもらいたいというのが本音」

 いやはやブラック企業に入社してしまうと、泣き寝入りしかなさそうだ。
(文=秋山謙一郎/経済ジャーナリスト)
posted by 元 at 15:05| Comment(2) | TrackBack(0) | 権力 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月21日

権力のまなざし ― 深層の欲望

 さて、自分が歩かなくても誰かが連れていってくれるという立場にある人、自分が手を下さなくても誰かが代わりにやってくれるという立場にある人を、「権力者」と言います。
 「権力」とは政治家や官僚だけに存在するものでありません。自分の立場を特権的に守ろうとする時に、どこにでも、だれにでも出現するものなのです。それは「今のままでいい」「違う立場になりたくない」「異なる立場にあるもののことなど知りたくない」「異なる立場と比べて、自分の立場が優位にあると思いたい」と望む「深層の欲望です」。
認識において「断定」「決めつけ」「単純化」、行動においては「優柔不断」「自分は手を下さない」「他者への命令」、そして「他者への冷たいまなざし」が、「権力」の特徴です。
 例えば、日本では「宗教なんて弱い人間がするものさ」と嘯く連中がいます。では、その連中が果たして「強い人間」なのでしょうか。私は決してそうは思いません。まさしく、そう嘯く連中がふるおうとしているのが、「権力」なのです。
 例えば、ここに電車で誰かに絡まれている人がいるとします。誰も助けようとはしません。ここでみてみぬふりをしている「傍観者」たちを「強い」といえるでしょうか。
 フーコーならば、ここでは「権力」がふるわれていると言うでしょう。「権力のまなざし」「まなざしの暴力です」。そういう場合、人は自分たちの無力さを内心では分かっているのです。故に自分を安全地帯において、そのままで位置関係を固定しようとします。つまり前の電車の例では、傍観者たちは「絡まれている人」の側には、決して身を置こうとはしません。
 十把ひとからげに「宗教など弱い人間がするもの」と決めつけてしまう人たちのまなざしには、この無力な傍観者と同じものを感じてなりません。精神の怠慢、惰性の精神こそ、権力の本質です。
 宗教にも、様々な形態があるはずです。宗教者にも様々な人がいるはずです。それを皆等しく「弱い」「変わり者」と決め付ける ― そこにも同様な「まなざしの暴力」がふるわれているのです。
 毎日祈りの時を持つ人を「異質」「変わっている」と決め付けながら、初詣や宮参りなどの典礼・儀式を平然と行う人の方が、よほど、“変わっている”ような気がします。

ブッダは歩む ブッダは語る より引用 


 「権力」についてそこまで考えていなかった。自身にも当てはまるケースもかなりあります。入信前は、まさに「宗教など弱い人間がするもの」と決めつけてしまう人でした(笑)
 それが、「権力者」であり「暴力」であったとは本当に考えもしなかった。弱い自分であり無知な衆生その者であった。でもね、気付かないいんですね、決めつけていたから。この信心でいろんなことを気付けるようになり、知ることができるようになってきています。ありがたいです。宗教でまともなものなどないとか、金儲けだとか、決め付けるのです。何も力のない神は信じるのに。真実とは当たり前を疑い冷静に判断してこそ見えてくるものではなうでしょうか。常識の罠にはまらないように賢くいきたい。
posted by 元 at 02:16| Comment(2) | TrackBack(0) | 権力 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 宗教へスカウター : 人間主義の旗を!
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。