2008年12月18日

「心の財」は不滅 君よ断じて負けるな

 「蔵の財よりも身の財すぐれたり身の財より心の財第一なり」 (御書 P1173)
 信仰ゆえの迫害を受け、荒れ狂う世間の激浪にもまれながら、懸命に戦っている四条金吾に対して、師匠・日蓮大聖人が送られた一節である。
 「蔵の財」とは端的にはお金であり、経済力といってよい。
 「身の財」とは健康や職業的技術、また社会的な地位や信用、名誉である。
 数年来、四条金吾は、その二つが試練にさらされていた。
 社会人として、生きるか死ぬか、勝つか負けるかの大苦境を耐え抜き、完璧に乗り越えていけるかどうか まさに、油断ならぬ正念場の日々であった。
 しかし大師匠であられる大聖人は、愛弟子の四条金吾に賢者の生き方を示しながら、厳然と励まされた。
 わが弟子よ、「心の財」があるではないか!「師弟不二の信心」という最強最極の力で、断固と勝ち抜け!と。
 「蔵の財」や「身の財」は、時と共に移ろいゆくものだ。
 三世永遠の妙法を受持して積み上げた「心の財」だけは、決して崩れない。
 ゆえに、わが創価の同志こそ、一閻浮提で最も「心富める人」なのだ。
 今、「百年に一度」という金融危機のなか、慌ただしい年の瀬を迎えて、必死に奮闘されている方々が、多くおられるに違いない。
 ご苦労は、私にも痛いほどわかる。経済不況に悪戦苦闘される同志苦衷は、わが胸を掻きむしられるように迫ってくる。
 私自身、戸田先生のもとで絶体絶命の事業の苦境を、ただ一人、獅子奮迅で支え、打開してきたからだ。
 「何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出だし乾ける土より水を儲けんが如く剛盛に申すなり」(御書 P1132)
 妻と二人して、この御聖訓を心肝に染め、多くの大切な同志ため、一心不乱に題目を送り続けている。
2008-12-17 聖教新聞 随筆 人間世紀の光より


 私は「蔵の財」「身の財」「心の財」全て大切であると思う。しかし、「心の財」があれば全てが備わるのではないでしょうか。
 「蔵の財」を求めるのは六道であり、「身の財」を求めるのは六道から二乗であり、「心の財」を求めるのが、仏、菩薩であると思う。
 では、「心の財」とは何か?先生が仰せの通り『師弟不二の信心』であるのです。わが師匠と共に広宣流布を万進してまいります!
posted by 元 at 01:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の財 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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