2008年12月17日

「親をも愛さぬ」世相に思う

「闘おうではないか! 青年諸氏よ」 この呼びかけで始まる戸田第2代会長の「青年訓」が発表されたのは、1951年(昭和26年)の11月だった。
 それは何の戦いであったか?
 「衆生を愛さなくてはならぬ戦いである。しかるに、青年は、親をも愛さぬような者も多いのに、どうして他人を愛せようか。その無慈悲の自分を乗り越えて、仏の慈悲の境地を会得する、人間革命の戦いである」と恩師は綴っている。
 この「親をも愛さぬ」あるいは「子をも愛さぬ」風潮が、ますます強まる昨今ではなかろうか。親子が傷つけ合う事件も絶えない世相。孝養という“道”が見失われれば、他人を思いやる社会など築けるはずもない。
 今、池田名誉会長は青少年に親孝行という一点を深く語りかけている。
 「お父さん、お母さんを大切に」「ご両親を喜ばせてあげるんだよ」「将来、ご両親を海外旅行に連れて行ってあげるくらいになりなさい」――若い命に、これほど真正面から孝養の道を説く指導者は希有であろう。現代社会を蘇らせる“急所”ともいうべき慈悲の指針だ。
 この秋の創大祭を訪れた来賓の企業トップの多くも、創大生・短大生に親孝行の大切さを語る名誉会長のスピーチに胸を打たれていたという。
 教育制度が成熟し、マスメディアも発達した社会だが、こうした人倫の道を実直に教える言葉はめっきり聞かれなくなった。戦後日本の民主主義社会が疎かにしがちな美風は今、創価の世界に生き生きと通っている。
 孝養に限らない。公徳心。命の尊さ。節度ある金銭観・恋愛観……。一つ一つを丹念に教える人格陶冶の指導者こそ、この国に最も必要な宝なのだ。
 青少年の心に、人としての生き方を深く届かせるのは、見下ろすような尊大な説教ではない。逆に、物わかりよさ気に若者に媚びる軽薄の論でもない。わが人生をかけて貫く信念を、堂々と訴える“命と命”の対話であろう。これは、一方通行のマスコミ等が百万言を費やしても容易に成し得ることではない。
 人倫の根本となる宗教を蔑視し、信仰者の社会参加を謗るような低次元な精神風土を改めずして、それができるのか?
 恩師が叫んだ「人間革命の戦い」に挑む大人自身の気風こそ、幼い心・若い命を導く源泉となることを知るべきだ。

2008-12-17 聖教新聞 社説
posted by 元 at 17:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 親孝行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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