2008年11月21日

仏教史観を学ぶ

仏教史観とは?
参照http://nonakashin.hp.infoseek.co.jp/shikan.htm
  創価王道 http://d.hatena.ne.jp/sokaodo/20060427 
第一次宗門問題のきっかけとなった講演がこの仏教史観を語るなのです。
宗門側が問題視したのは
 
 同じく「松野殿御返事」のそのあとに、大聖人は在家の信者の立場を明らかにし「然るに在家の御身は但余念なく南無妙法蓮華経と御唱えありて僧をも供養し給うが肝心にて候なり、それも経文の如くならば随力演説も有るべきか」(同一三八六n)と仰せになられている。これによると、在家はもっぱら唱題に励み、供養し、そのうえ、力にしたがって仏法を語るべきであるとされているのであります。僧侶がもっぱら折伏に徹し、三類の敵人と戦い、広宣流布するのに対して、在家は自身の成仏のため唱題し側面から僧侶を応援する立場である。その本義に立てば、現代において創価学会は在家、出家の両方に通ずる役割を果たしているといえましょう。これほど、偉大なる仏意にかなった和合僧は世界にないのであります。故に成仏も功徳も、絶対に間違いないと思いますが、いかがでしょうか(大拍手)。


 一、更に、この供養について、若干、歴史的なことを申し上げますと、前にもお話しした維摩詰は、在家の身でありながら供養を受けた事実が「維摩詰経」に記されております。その時の様子を経文にみますと、維摩詰は、ひとたびは固辞し、どうしても受け取ろうとはしなかった。再度の申し出に供養を受け取った彼は、これを人々から軽べつされている貧しい民衆のために半分を使い、あとを仏にたてまつり、仏法弘通のために使ったと記されております。このことは何を意味しているのでありましょう。一つには真に仏法流布に挺身し、民衆救済に進むものには、供養を受ける資格があるとの思想が底流にあること。二つには、その供養が民衆のために、仏法のために還元されるならば、それは仏法の本義に叶うということなのであります。つまり、供養とは、あくまで仏法のためになすのであります。その供養が仏法流布に生かされるならば、在家の身であっても供養を受けられるという思想があります。


大乗仏教の最高峰たる法華経になりますと、更に徹底化され、真の“法師”についてふれられています。

 法華経法師品には、法華経を受持、読、誦、解説、書写する、つまり五種の妙行を実践する者を法師と名づけ、在家、出家ともに、法華経受持の人は最高の供養を受ける資格があると強調しております。

 また、法師功徳品においては、法師の功徳が説かれ、それは六根清浄であると結論づけられております。

 眼、耳、鼻、舌、身、意の六根が清浄となるとは、現代的にいえば、生命の浄化であり、人間革命であります。

 それでは、今日において、大乗仏教の理念を継承し大聖人のご精神に叶った真実の意味の出世間の団体は、日蓮正宗、創価学会をおいてどこにありましょうか。「日女御前御返事」にいわく「法華経を受け持ちて南無妙法蓮華経と唱うる即五種の修行を具足するなり」(同一二四五n)とございます。

 すなわち、御本尊を受持し、南無妙法蓮華経と唱うれば、受持即観心で、五種の妙行が即座に具足するのであります。その人は在家の立派な“法師”となるのであります。

 「御義口伝」に「今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は法師の中の大法師なり」(同七三六n)とあるごとく、別しては日蓮大聖人、総じては御本尊をたもち、題目を唱える私たち創価学会もまた大法師の名に含めてくださり、今日における真実の出家という意義になってくるのであります。日達上人猊下も「有髪、無髪を問わず、戒壇の大御本尊様を南無妙法蓮華経と拝し奉るすべての人が、和合僧の一団となって、我々僧侶とともに、その和合僧の一員であるということになるのでございます」と、はっきり申されている。すなわち出家も在家も全く同格であるとの言であります。



宗門側にとって危険視したのは供養の使い方、出家も在家も同格であるというところだとおもわれます。
そもそも宗門側の考えで坊主が上とか言っている時点で日蓮大聖人のお心をまったく理解していない、もしくは権力の魔性にとりつかれたとしかいいようありません。
当時の供養の使い方も私利私欲にしか使っていなかたのでしょう。
それで都合がわるくなるので追い出してしまえとなったのです。

池田先生はその坊主達に明確にこうであるべきだと獅子吼したのが
『仏教史観を語る』なのです。師匠の勇気ある行動を自分も学び実践してまいります。
posted by 元 at 13:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教史観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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