2009年07月02日

苦難を突き抜け歓喜へ

 人は、人生を生きていくうえで、さまざまな困難に直面します。その時、困難に果敢に挑むのか、それとも、困難を恐れ、避け、逃げてしまうのか。人は、そのどちらかを選択しなければなりません。


「困難への苦悩が、人を果てしなき喜びへと導く!心豊かな人生を築く」と―――。


2009-7 大百蓮華 【ドイツ ハンブルク・バレエ芸術監督 ジョン・ノイマイヤー】


 信心において、挑むか、逃げるか、常にためされます。私は今でも逃げたい気持ちはあります。以前の私は確実に逃げていました。当たり前のようにスルンと軽やかに逃げる。そこにタメライなどありません。
 以前と変わったのは、その、困難に直面した時にすぐ逃げるのではなく、そこで悩めるようになったことです。そこで勝負してみようと思えるようになったことです。
 この小さな変化が人間革命であり、大変革の前兆であると確信しています。
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2009年02月17日

苦難があるから偉大になれる!

 一、戸田先生が、私たち弟子に読ませた小説『永遠の都』。
 その一節を、若い皆さんのために、ご紹介したい。
 「受難は人間の魂を浄化する聖なる炎であります」
 難が人間の魂を清めてくれる。高めてくれる。
 これが、若き革命児の確信であった。
 大聖人は“身命を捨てるほどのことがあってこそ仏になる”と教えられている(御書P831)。
 広宣流布に立ち上がった我らにも、大難は必定である。しかし、難があるからこそ、仏になれるのだ。
 だから、どんなに大変でも、これも仏になるための修行と思って頑張りなさい−。
 そう戸田先生は言われたかったにちがいない。


*仏になる道は必ず身命をすつるほどの事ありてこそ仏にはなり候らめとをしはからる(御書P831)


2009-2-11 新時代第26回本部幹部会 名誉会長のスピーチ 創価国際友好会館



 命をこの信心のために捨てるとは、並大抵のことではないです。ですが、それを目指していきたい。師匠のため、学会のため、苦難に自ら飛び込んでいけるような境涯になりたい。
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名字の言


 各地で「伝統の2月」の座談会が始まった。「青年・勝利座談会」と掲げて行われる今回は、拝読御書である「大悪大善御書」を皆で学ぶとともに、広布第2幕を痛快に前進する青年たちの、歓喜と勝利のドラマを語り合いたい▼大分のある男子部員。昨年、突然、会社を解雇された。その後、幾つも採用試験を受けるが、すべて不合格。彼は足に障害があり、松葉づえがないと歩けない。面接会場で門前払いされ、悔し涙に暮れたこともあった▼しかし、心から希望の炎が消えることはなかった。夜は牙城会員として宝城を厳護。学会理解の対話拡大にも挑戦した。何より「人生の師匠である池田先生に、勝利の報告をしたい」と、寒風の中、祈っては何社も通い続けた▼彼の誠実な熱意が実り、64社目にして就職が決まる。待遇も前の会社以上。それこそ、拝読御書の「迦葉尊者にあらずとも・まいをも・まいぬべし、舎利弗にあらねども・立ってをどりぬべし」(1300ページ)との心境だっただろう▼苦しみや悲しみが深いほど、勝ち越えた喜びは大きい。“大悪”とも言える逆境を、“大善”へと変えていく鍵は、強き祈りと執念の行動、そして師への報恩の心であると確信し、きょうも広布の舞台に躍り出たい。(正)

2009-2-17 聖教新聞 名字の言


 強き祈りで絶対にあきらめないで勝負したい。大悪来てこそ、本物であると確信し大善の前兆であると喜び勇んで前進してまいります。
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2009年01月15日

大悪大善御書

 大事には小瑞なし、大悪をこれば大善きたる、すでに大謗法国にあり大正法必ずひろまるべし、各各なにをかなげかせ給うべき
(御書P1300)


(通解)
 大事が起こる前には小さな兆しはない。大悪が起これば必ず大善がくる。すでに大謗法が国に満ちているのであるから、大正法は必ず広まるだろう。あなた方は、何を嘆かれることがあろうか。



 大不況の中だからこそ広宣流布の使命を燃やし、信心と社会で勝って勝ちまくりたい。
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2008年12月19日

苦悩

 仏法の 広布の賢者の君なれば 誇りも高く勝利の指揮とれ

 ある日、私は、逆境のなか、懸命に戦っている後輩に、この一首を贈った。
 秀才である彼からは、即座に手紙が届いた。
 そこには、“苦悩してきた人間は、苦労知らずを信用しない”という意味の、スイスの哲人ヒルティの言葉が綴られてあった。
 そして手紙は、「私も、この決心で、苦労を惜しまず、真の賢者となってまいります」と結ばれていました。
 この哲学者のヒルティ自身も、苦悩の連続であった。しかし最晩年、訪ねてきた知人に、ヒルティは語っている。
 「わたしの生涯から苦しみの時を抹消しようとすれば、よい想いではぜんぜんのこらないことになるであろう。すべてよいことは苦しみの時間のうちに成長した」
 正義の指導者が多くの難に遭うことも、大勢の人びとを励まし、リードしゆくための試練なのである。
 決して、この道理を忘れてはならない。
 ともあれ、蓮祖大聖人は仰せである。
 「大難来りなば 強盛の信心 弥弥 悦びをなすべし」(御書 P1448)
 立ちはだかる苦難や競い起こる強敵こそ、壮年の生命を、いよいよ雄々しく蘇らせ、いよいよ壮んに燃えたぎらせてくれるのだ。
 さらに達人ヒルティは、「若さの秘訣」を問われて、「つねに新しいことを学ぶ事」を誇らしげに挙げている。
 「学ぶ人生」は老いない。
 創価大学の通信教育部でも、青年と共に学びゆかれる人生の先輩方の姿は、何よりも若々しく、美しい。
2008-12-18 聖教新聞 随筆 人間世紀の光より


 苦しみや苦難や苦労が人間を成長させるのですね。自分から苦難に飛び込んでいける勇気ある人間になりたい。
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2008年12月07日

難が起これば

名誉会長は、恩師・戸田先生が「難が起これば、人間の真価がわかる。一人一人の信心の真偽も明らかになる。そして、学会を利用していた者や、臆病者は去っていく」と喝破された通り、一身をなげうって障魔打ち破るのが真の仏弟子である。いざという時こそ、正義を叫び、師の精心を守るのだ。

2008-12-2 各部代表協議会 東京信濃町 創価文化会館

難が起こったときにその人の命が現れるということでしょうか。信心の姿勢を正していきたい。続きを読む
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