2008年11月12日

妻と自分〜二人の旅立ち〜

 15年前〜二人は旅立ちました。
結婚という名の旅立ちです。
私が一方的に惚れて結婚しました。甘い夢を描きながら......
夫婦ってどんなんだろう。新婚って楽しいはず。
しかし、待っていた現実はそう甘くはなかった。家庭環境の違い、価値観の違い、お互いの依存心のつよさ、お互い譲らぬ戦争が始まったのです。私は九州から東京へ、妻は元からの東京人です。田舎では男尊女卑の風習が強くのこっており親父は家でなにもしない。母は父に至れり尽くせりでそういう家庭に生まれた私はそれが当たり前でした。
結婚したらそうなると思っていました。しかし、私のイメージとはかけ離れた生活でした。妻にこうしろああしろと、さも自分は仕事して金を稼いでいるのだから偉いと錯覚し命令になっていました。それでは上手くいく訳もなく溝ができ始めました。
三人目の子供が生まれて一年ぐらいのこと。私は相変わらず家庭を省みないで好き勝手なことを続け、家事育児は全て妻にまかせっきりでした。家庭内別居に近かったですね。そんな事をしているときにある事件がおこりました。それは妻が結核になってしまいました。隔離病棟で最低半年入院しなければいけないとの事でした。私はただでさえ自分の事で一杯なのに、子供の面倒はどうしよう。とか金がいくらかかるんだろうとか、妻や子供達の心配ではなく自分の事の心配でした。
結局子供は実家の両親に押し付け、私は今までと変わらないむしろ今までより自由に遊んでいました。
 時は流れて妻が退院しました。だからと言って変わらない私です。
妻から私に要望してくる事はなくなりました。多分諦めだったと思います。それでもマイペースに変わらない。変えようとも思わない傲慢な私でした。
ある日、(今思えば変革の一歩でした)突然妻が新聞配達をしたい。と
いい始めました。はぁ?頭おかしくなったか?と思いました。しかも聖教新聞でした。私は元来大の学会嫌いで、妻も辞めさせようとしていました。しかし妻の意思は固く一歩も引きません。やむ得ず条件付きでそれを受け入れました。条件とは、笑顔でいること。不平不満や愚痴を言わないこと。家庭(特に私に)迷惑をかけない事。でした。
それから妻は変わっていきました。笑顔が多くなり、不平不満、愚痴など一切言わないし、今まで私が遊びに行っていいか?ときくと、行ってくれば、から行っておいでよ、と変わり結婚当初思っていたとおりの妻になっていました。自分が変化し始めたのはこの頃からです。ある時妻に聞いてみました。新聞配達は辛くない?と。かえって来た言葉は、楽しいよ!でした。本当に頭おかしくなったと思いました。ですがだんだん妻に対して申し訳ないと思うようになりました。何か喜ぶ事をしてあげたいと思うようになっていました。そう思いはじめた時に妻から一緒に信心しない?といわれました。創価学会は嫌だ、でも・・・・と迷いましたが、俺が入れば嬉しいの?と聞くと、ハイ!との事。じゃー一年だけで良いか?と再度聞くと、それでもいい、と。
妻と自分の二人の旅立ち第2章がそれからはじまりました。
posted by 元 at 19:11| Comment(7) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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