2009年02月20日

世界が求め讃える創価の哲学


 世界的な金融危機が、影響は比較的小さいと言われていた日本の実体経済にも、深刻な打撃を与え始めた。過日、国内総生産(GDP)の二桁減少も明らかになった。
 そうした状況下、世界17カ国を対象に行われた金融危機に関する調査で、「日本人が先行きに最も悲観的」との結果が出たことが、先月末に報道されていた。中でも「金融危機対応についての、政府への信頼度」は、日本が他国に大きなポイント差をつけて最下位だったという。
 迷走する政治や、いたずらに不安をあおるマスコミの論調にも因はあろうが、決して悲観的な思考に落ち込むのではなく、この危機をどう乗り越えるかに知恵を絞りたい。
 社会の主体者は、あくまで我々一人一人である。
 庶民の暮らしを守るため政治家が真剣に努力するのは当然のことだが、その政治家を選び育てるのは国民だ。国民自身が人生と社会を切り開く哲学を持たなければ、何も変わらない。
 御書には「王は民を親とし」(1554ページ)と。民衆こそ国の主役。民衆あっての為政者である。激動の時代だからこそ、この自覚に立ち返りたい。
 米・オバマ大統領は就任演説で、「我々に求められているのは、新しい責任の時代に入ることだ」と語り、一人一人が自身や自国、世界に対して変革の責務を負うことを訴えた。
 フランスの哲学者・アランは「悲観主義は気分に属し、楽観主義は意志に属する」(白井健三郎訳)と。眼前の苦境を打ち破るには、挑戦の気概に燃えて、“力強い楽観主義”で生活防衛に取り組むべきであろう。
 池田名誉会長はかつて、「真の楽観主義とは、行動であり、創造です」と指導した。創価学会は、こうした強い精神性を皆が分かち持ち、“無責任な悲観主義”に陥りがちな日本の精神土壌を変革すべく、決意に燃えて、価値創造の対話運動を堂々と展開し続けてきた。
 今、その“創価の哲学”が、世界中から求められている。「池田先生の思想と哲学、また、人生や自然の捉え方は、すべての人々が学ばねばならない教えである」(モスクワ大学・サドーヴニチィ総長)。時代相が厳しければ厳しいほど、我々は価値的な行動と創造で、嵐の現実社会を乗り切っていきたい。

2009-2-20 聖教新聞 社説


 今の国民は気分や感情に流されているようにおもえます。確固たる思想哲学をもたない時代であるのではないでしょうか。マスコミが必要以上にあおればそれに流されてしまう。フワフワと浮いた風船のようである。根拠がなく自身で勉強するわけでもなく無責任な国民は多いのでは。その無責任な国民がつくったのが今の日本です。結果です。因果の法理です。一人一人が責任ある国民になるべきであるとおもう。

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2008年12月04日

新人間革命 新世紀15

新世紀15
 紙上座談会では、戸田城聖が青年たちに贈った「青年訓」「青年よ国士たれ」(国士訓)についても論究していった。
 「青年訓」の冒頭の「新しき世紀を創るものは、青年の熱と力である」とは、戸田の生命の叫びであった。この叫びに呼応して、立ち上がった青年たちが、財力も、権力も、地位もないなか、民衆蘇生の大宗教運動を展開してきたのだ。そして、常にその先頭に立って戦ってきたのが、山本伸一であった。
 出席者の一人が語った。
 「ともあれ、一切の学会の前進は、青年の責任で進められてきた。『国士』というと、今日では、何か大時代的な響きを感じるが、戸田先生が言わんとした意図は、“宗教家であってはならない”、また“事なかれ主義であってはならない”ということだ。
 先生は、“日本の国をいかに安泰にするか”“民衆の幸福をいかに勝ち取るか”“世界の平和にいかに貢献するか”といった課題に応えうる、多次元にわたる青年指導者をつくりたかったのだと思う」
 それを受けて、隣にいた青年が言った。
 「『国士訓』での『宗教家であってはならぬ』という指導は画期的だ。宗教的な権威や形式を完全に払拭し、人間革命から社会革命へと至る真実の宗教を確立しようとする、宗教革命そのものではないだろうか」
 さらに、「青年訓」の「衆生を愛さなくてはならぬ戦いである。しかるに、青年は、親をも愛さぬような者も多いのに、どうして他人を愛せようか。その無慈悲の自分を乗り越えて、仏の慈悲の境地を会得する、人間革命の戦いである」との一節にも言及していった。
 別の青年が感嘆した声で語り始めた。
 「この一節は学会の原点だ。人間のさまざまなエゴが噴出し、今や、それを克服できるかどうかが、人類の命運を決する事態にまで至っている。この宣言を時代精神とし、人間のエゴを慈悲に転じていくなかに、真実の社会建設がある。これが私たちに課せられた立正安国の戦いだ」



語句の解説
 ◎青年訓・国士訓/青年訓は昭和二十六年秋に、国士訓は二十九年秋に、戸田第二代会長が青年部に贈った指針。いずれも苦悩の民衆を救う青年の使命と、限りない期待がつづられている。
 青年訓では「奮起せよ! 青年諸氏よ。闘おうではないか! 青年諸氏よ」と呼びかけ、国士訓では「青年よ、一人立て! 二人は必ず立たん、三人はまた続くであろう」と訴えている。

創価の友は生涯青年です!


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2008年11月14日

幸福感のない50代男性

幸福感のない50代男性
 50歳代の会社員男性。20歳代半ばで結婚。しかし、10年後に離婚し、2人の子どもは私が育てました。さらに40歳代の終わりには、当時勤めていた会社を解雇され、お金がすっかりなくなりました。

 そのころから「私の人生はなぜこうも不幸なのか」と考えるようになりました。寝ても覚めてもその考えが頭から離れません。今の勤務先の同僚など、他人がみな幸せそうに見えます。

 半年前から、もう一つ気になっていることがあります。高校時代の女友達のことです。私が22歳の時、彼女から「会って下さい」と電話をもらい2度ほど会ったことがあります。今さらですが、「もう少し彼女と会っていれば一緒になれたのに」「彼女と一緒になっていれば私は幸せだっただろうに」などと後悔してしまいます。そして、彼女が今、幸せなのかどうか確かめたくなります。

 どうしたら私は幸せになれるのでしょうか。自分の性格や生き方を、どう変えればいいのか教えて下さい。(東京・S男)


 人はそれぞれに「幸せ」の物差しを持って、生きております。自分の物差しに合えば幸福であり、合わなければ不幸ということになります。尺度はその人の考え方であります。従って自分以外の人には、この物差しは使えません。相手の考える尺度と異なるからです。

 どうしたら幸せになれるか、を考える前に、あなたにとっての幸せがどんなものか決める必要があります。この時に、あなたの人生観が問われます。欲張って幸せの形を大きくすればするほど、不幸せと感じる度合いも甚だしくなります。幸せをつかむ道も厳しくなります。ささやかな幸せを求めるならば、それを得る手段は容易であります。幸不幸は、つまりは欲望の大小といえます。欲が少なければ、後悔することもわずかでしょう。

 彼女のことが気になるなら、同窓生に聞いてみてはいかがですか。あなたの考えるような昔の彼女は、もしかしたらもういないかもしれませんよ。

 (出久根 達郎・作 家)

(2008年11月14日 読売新聞)

これを読んで突っ込み所のある記事だと思いました。以前の私であれば
そうだよな〜なんて同感していたでしょう。>>幸不幸は、つまりは欲望の大小といえます。とあります。とんでもないですよ!欲はコントロールしてこそ幸せになるのですよ。自分や環境にながされているから上手くいかない=不幸となるのです。それから、>>もう少し彼女と会っていれば一緒になれたのに」「彼女と一緒になっていれば私は幸せだっただろうに」とありますように、〜のに やだっただろうに って言ってるじてんで幸せになれるわけありません。もし、一緒になっていたとしても同じ結果です! 人間革命と宿命転換です!この信心をしっかり学んで行動すれば答えはすぐ見つかりますよ。

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2008年11月11日

社説 世界に「池田研究」の広がり


人類の課題を解決する方途
 池田名誉会長の思想や行動に関する学術研究が、近年、世界の各国・地域で大きな広がりを見せている。
 その先駆けが中国である。2001年12月、北京大学に「池田大作研究会」が発足して以来、学生主体の団体も誕生するなど20大学を超えるまでになった。中国政府の教育・研究支援プログラムに採択された研究もある。
 こうした研究熱の背景には、名誉会長の(1)人間性に優れた哲学(2)世界の指導者や著名な学者との対話(3)世界平和と日中友好促進への尽力などがある。
 40年前の日中国交正常化提言をはじめ、命がけで友誼の道を開いた名誉会長の行動。1985年には歴史家トインビー博士との対談集『21世紀への対話』の中国語版(国際文化出版社)が発刊されるなど「潜在的に池田研究の素地はあった」(広西師範大学の盧寧教授)という。
 先月下旬、北京師範大学で開催された「平和と教育――池田大作思想国際学術シンポジウム」には世界47大学・団体の一級の知性が参集。平和思想・教育論・芸術論・人間学・経営論など多彩な視点から名誉会長の思想に迫っていた。
 なぜ、池田思想に注目が集まるのか?
 中山大学教育学院の鐘明華院長(池田大作とアジア教育研究センター所長)が語っていた。
 「現代において、池田先生ほど傑出した人物はいません。先生は東洋と西洋の英知を結合した偉大な人物です。その思想こそ、中国人民をはじめ、人類全体が直面する課題を解決する方途なのです」
 また、遼寧師範大学「池田大作平和文化研究所」の崔学森副所長は、行き詰まった時に名誉会長の著作に出あい、人間の本質に迫る思想によって自身の課題が解けたという。自らの教える学生が名誉会長の思想を学び、目覚ましく成長する姿を見て、さらに感動を深めたそうだ。
 急速に発展する中国では、物質的な面が充足してきた一方、精神文化の衰退を危惧する声も少なくない。21世紀の指標を模索する識者・指導者は“池田思想”に未来の光を見るのである。
 「池田先生の哲学を研究し、広めていくことこそ、私たち学者の使命です!」(北京大学の宋成有教授)――こうした世界の声を誇りとしながら、私たちこそ“池田哲学の第一人者”の自覚に立って、信念なき混迷の日本を正しく変えゆく対話の大波を起こしていこう。


2008年11月11日聖教新聞社説より
posted by 元 at 18:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 思想 哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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