2010年01月30日

創価学会のCM

公共の電波が創価学会のCMを解禁するのは問題じゃないのか

創価王道


 たまたま、昨夜創価学会のCMを見た。 私はその時に違和感を感じた。 なんだろうか・・・この違和感としばらく考えた。 そのCMを見たときに私はSGI提言を読んでいた。 なにかその提言とCMとがミスマッチに思えた。 そもそも、CMは資本主義社会の象徴と言ってもいいようなものだと思う。 その提言には資本主義社会の根源的なことについて語られている。 相反するそれは矛盾でしかないのではと思った。 
 なぜにCMを流すのであろうか? 私たちが真剣に地道にやっている広宣流布をおとしめる結果にならないだろうか。 創価王道にもかかれているように、CMには莫大な資金もかかります。 私も無冠の友に還元するのが先だとおもう。 若しくは聖教新聞や書籍をもっと安くしてもらいたい。 
 私はこのことは納得できないので物申していきます。
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2009年06月06日

きょう、生誕138周年 現代に光る牧口初代会長の魂


 「ソフト・パワー」の概念で知られる国際政治学者ジョセフ・ナイ氏は、池田名誉会長と対談した際、次のように語っている(1991年5月)。
 「アメリカがもし……ソフト・パワーの重要性を理解しなかったならば、そこに初めて衰退が始まるのです。
 “ハード・パワー”が相手を威圧的に“屈服させる”力だとすれば、“ソフト・パワー”は自分のしたいことをさせながら相手を取り込み、リードする力といえます。それ自体の魅力をもって、相手を魅了していく力です。これには、名誉会長がおっしゃったように、文化の魅力や、国際的な協力などが挙げられます」
 このソフト・パワーの重要性を今から100年以上前に指摘した、数少ない人物の一人に、牧口常三郎初代会長をあげることができる。
 日露戦争の前年(1903年)、32歳の牧口会長は大著『人生地理学』の結論近くで、人類の発展段階を四つに分けて論じた(第30章「生存競争地論」)。
 すなわち暴力をともなう「軍事」「政治」「経済」の競争の限界を説き、非暴力の「人道的競争」こそ、人類が目指すべき唯一の道だと強調。帝国主義が猛威を振るう渦中、国家間の「利己主義」を否定し、「他を益しつつ自己も益する方法を選ぶにあり」と断言したのである。
 しかし、その理想を目指す教育革命、宗教革命の途上、牧口会長は国家権力によって獄死を遂げた。
 牧口会長の思想は、日蓮大聖人の魂とも深く共鳴している。「不軽菩薩の人を敬いしは・いかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」(御書1174ページ)の一節は、仏法流布の原動力が人道的競争にあることを示す。
 威圧で人の心は動かない。利他の行動こそ、人を動かし自らも満足できる、いわば“究極のソフト・パワー”である。
 本年4月、アメリカのオバマ大統領は初の欧州訪問で、「核兵器を使用した唯一の核保有国として、行動する道義的責任がある」と自身の決意を表明した。この画期的なプラハ演説は、長年にわたって池田名誉会長が提言してきた核廃絶の理念と一致する。
 「新たな帝国主義の時代」と言われる現代を、真の「人道的競争の時代」たらしめるために――その先頭を切り開く民衆運動のさらなる展開を、牧口会長の生誕記念日にあらためて決意し合いたい。

2009-6-6 聖教新聞 社説


 今日は偉大な牧口先生のご生誕の日です。国家権力に屈しなかった牧口先生を誇りにおもいます。
 そして、ソフトパワーの時代に転換していけるのは創価学会しかないとその使命を自覚して一人一人誠心誠意語る決意でのぞみたい。
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2009年06月02日

「青年と青年」の対話の潮流を!

 人間関係は“浅く広く”。これが現代の若者の傾向性のようである。
 幼い時からゲームで遊び育った世代。最新の据え置き型ゲーム機の利用者のうち、ほぼ半数がインターネットに接続しているという。一人で部屋にこもっていても、実はゲーム仲間が世界中にいて、双方向で一緒に遊ぶ――そんな人が世界で数千万人いることになる。
 携帯電話やメールなどの機器が日進月歩のなか、若者たちの「通信による絆」は想像以上の広がりだ。現実生活で培う友情に比べれば、希薄でバーチャル(仮想的)ではあるが、それなりの一体感を感じているのも事実だろう。
 一方、内閣府の“近所付き合い”に関する調査(平成19年度版国民生活白書)によると、2割の人が地域から孤立し、そのうち39歳以下が6割を占める。別の調査でも、青年層が上司や目上の人との交流を避ける傾向が指摘されている。
 世代間のギャップを超え、若者の心をどう触発し、深く豊かな人間の絆を広げるか。彼らの成長と社会の発展にとって大切なテーマであろう。
 「どうしたら高い理念を若い世代に伝え、浸透させていけるでしょうか?」
 かつて、香港の李国章前教育長官(香港中文大学元学長)が池田名誉会長に尋ねた。答えは明快であった。
 「根本は、大人がどう生きるかに問題があります。そのうえで、やはり、『青年が青年を呼ぶ』のです。青年自身が、青年たちとつながり、信頼し合っていくべきです」「共通の理想に向かっての『青年と青年の連帯』――これをどう築くか。ここに21世紀の勝利のカギがあります。これを実行し、一つの実験をしているのが創価学会です」
 若き命の力に無限の信頼と励ましを贈る師匠。その期待に応え、挑戦の青春を歩む門下の群像。「師弟」を根幹とした創価の青年運動に、時代社会の未来を切り開く模範像がある。
 今、青年部が全国で対話の潮流を巻き起こしている。同世代の友と会い語る。仕事や家庭の悩みなどに耳を傾け、力強く励ます。自他共の成長を祈り、現実変革へ一緒に立ち上がる。この友情スクラムこそ、人類の希望にほかならない。
 「人生に関する問題は、対話でなくては通じない」(牧口初代会長)。正義の最先端をゆく青年部にエールを送り、我らも対話の波を広げよう。

2009-6-1 聖教新聞 社説


 信心をはじめて、幅広い年齢層とつきあうことが増えました。各年齢層の考え方や常識の違いなど知る事もでき、それぞれの若き日の時代背景との関連性などから今のヤング層の問題点などそれぞれの環境による影響など考察できる。実際、手っ取り早くゲームで楽しむ事ができ、都合のいい友達と遊べば苦労しないし煩わしくない。私が幼少の頃、田舎育ちで自然の中でどうやって遊ぶかを考えるところからが遊びのはじまりだった。今は与えられた枠の中で遊ぶ。ゆえに発想力や、自ら率先して行動する人は希であるようにおもう。
 しかしながら、ヤングでこの信心を前向き頑張っている方々はそれらを凌駕しているようにおもう。その方々に信心の素晴らしさを学ぶ事が多くあります。 「師弟」を根幹とした創価の青年運動のなかで私も未来を切り開く希望がもてる。
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2009年05月19日

佐渡御書

 外道悪人は如来の正法を破りがたし仏弟子等必ず仏法を破るべし師子身中の虫の師子を食等云云、大果報の人をば他の敵やぶりがたし親しみより破るべし(御書P957)


【通解】 外道や悪人によって、如来の正法が破られることはない。仏弟子らによって必ず仏法は破壊されるのである。師子身中の虫が師子を食むとはこのことである。大果報の人を、他の敵は破ることができない。親しい者が破るのである。



 最近、沖某が学会員である方を民事賠償の請求をしたらしい。
 まともな学会員であるならばこのようなことは、まずありえないでしょう。なぜならまともの学会員であるならば対話や指摘、指導といったかたちでおさまるのが普通だとおもう。敵ならまだしも同志を訴えるなど完全に脳乱しているとしか思えない。
 組織利用も一連の流れから明白であり、それを心ある方々の慈悲の指摘を仇で返すなど忘恩の輩であるとしかおもえない。
 喧嘩や話にならないならいいとおもいますが、訴えるのは現代の宣戦布告であり攻撃です。日顕や、矢野、竹入らと同じである。
 今も学会員であるならば完全に「師子身中の虫」であると断言します。必ず現証が現れるでしょう。
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2009年05月06日

土篭御書

 法華経を余人のよみ候は口ばかりことばばかりはよめども心はよまず心はよめども身によまず、色心二法共にあそばされたるこそ貴く候へ
(御書P1213)

【通解】 法華経を、他の人が読むのは、口ばかり、言葉のうえだけでは読んでも、心では読まない。また、心では読んでも、身では読まない。(あなたはこのように難に遭って)身と心と共に読まれたことは、尊いことである。


 この御文では、法華経であるが、御書と池田先生の指導と言い換えてもあてはまるのでしょう。心で読むのも難しいのですが、さらに身で読むとは戦っていなければさらに難しい。苦労して悩んで戦ってこそ身で読めるとおもいます。いいかえれば苦難に飛び込み、そのなかで、もがき悩んでいかねば身で読むことはできないのかもしれません。私自身の壁と勝負しなければなりません。
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2009年05月02日

<民主党>小沢代表らに説明要求へ…西松献金検証の第三者委

5月1日20時12分配信 毎日新聞

 西松建設の違法献金事件を検証するために民主党が設置した有識者による「政治資金問題第三者委員会」(座長、飯尾潤政策研究大学院大学教授)は1日の会合で、小沢一郎代表と鳩山由紀夫幹事長を5月の大型連休明けにも呼んで、事件に対する認識や党の対応について説明を求めることを決めた。

 委員会は民主党から委託を受け、ジェラルド・カーティス米コロンビア大教授(政治学)ら4人の有識者から検察の捜査やメディアの報道の在り方などについて意見を聴取。5月中旬に最終報告をまとめるに当たり、小沢氏らから話を聞く必要があると判断した。

 また、事件捜査や報道に関する個別の疑問点について、樋渡利秋検事総長と新聞・テレビ局各1社に、それぞれ説明を求める質問状を送ることも決めた。【白戸圭一】
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2009年04月02日

4月の広布史 戸田第二代会長 命日



創価学会の礎を築く
4月2日は、戸田城聖第二代会長の命日です。1958(昭和33)年のこの日、最後の最後まで広宣流布への情熱を燃やし続けた戸田会長は、58年の尊き生涯を全うして逝去されました。
戸田会長は戦時中、牧口初代会長とともに軍国主義に反対し、治安維持法違反、不敬罪の容疑で逮捕投獄されますが、信念を曲げることはありませんでした。終戦の直前に出獄した戸田会長は、日本の惨状を目の当たりにして、「この世から“悲惨”の二字をなくしたい」と、学会の再建に一人立ちました。
会長就任の際に自らの願業として掲げた75万世帯の弘教の達成、『日蓮大聖人御書全集』の発刊、後継の青年たちに託した「原水爆禁止宣言」――。戸田会長の偉大な業績は数えきれません。

桜の花の咲くころに…
戸田会長の遺言は、現在の創価学会の宗教改革運動の原点となりました。
人生の最後の総仕上げともいうべき諸行事を終え、病の床についていた戸田会長は、愛弟子である池田名誉会長(当時青年室長)に「追撃の手をゆるめるな」と言い残します。
4月1日、極度の衰弱から駿河台の日大病院に入院した戸田会長は、翌4月2日の午後6時30分に逝去されました。生前、「桜の花の咲くころに死にたい」と語っていたとおり、東京には五分咲きの桜が薫っていました。

SOKAnetより転載


 戸田先生のご逝去の日です。数々の偉業を達成してきた偉大な師匠へ報恩感謝のおもいで追善供養します。
 今日のわが友に贈るには『4月2日 三代の師弟に続け! 「報恩」こそ 人間の最極の道だ。 「不知恩」の輩は 厳然と呵責せよ! 』とあります。この言葉を胸に刻み戦いきるおもいです。


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2009年03月19日

春の彼岸に真心の唱題で追善


「常楽我浄」の生命の旅路を!
 学会の「春季彼岸勤行法要」が、20日を中心に全国の会館・研修道場、墓園・納骨堂などで営まれ、故人への追善の勤行・唱題、焼香を厳粛に行う。
 「彼岸」とは、成仏の悟りの境涯を譬えた言葉で、煩悩の迷いの世界である「此岸」と対比される。亡くなった人が此岸を脱して彼岸に到るように、との思いから、日本では年中行事の一つとして法要等が行われてきた。そこには、既成諸宗によって培われた“人間は死後に成仏する”という通念が色濃く出ているが、これは仏教の本義ではない。
 日蓮大聖人は「自身仏にならずしては父母をだにもすくいがたし」(御書1429ページ)と仰せである。私たち自身が今世での成仏(一生成仏)を目指して修行することこそ、仏教正統の実践であり、その功徳を故人に回らし向けることが追善回向の意義なのである。日顕宗が主張する“坊主に拝んでもらわなければ成仏できない”などとは、御書のどこにも記されていない。そもそも、「僧は葬送儀礼に関わらない」というのが釈尊の遺言であり、仏教の伝統であった。
 宗教社会学者ブライアン・ウィルソン博士は「死に対して人間を強くするには、自己訓練の姿勢、まじめな精神と目的観、自らの生命に対する責任感等を培わせることが必要です。こうした資質を涵養することは、それ自体が、一生涯かかる仕事なのです」と指摘している。人間としての力強い生き方を貫く信仰こそ、生死を超えゆく幸福の源泉なのだ。
 池田名誉会長は語っている。
 「この末法濁悪の現代世界にあって、大聖人の仰せ通りに、難を乗り越え、不惜身命で広宣流布に励んでいるのは、ただ創価学会の私たちだけである」
 「私たちの唱える題目には、計り知れない大功力がある。それは、生きている人々はもちろん、亡くなった方々の生命にも厳然と通ずる」と。
 大聖人の御遺命である広宣流布へ行動する同志の唱題こそ、最高の追善回向にほかならない。日々の勤行・唱題と合わせ、先祖・故人を救い、自他ともの永遠の幸福を開く真心の祈りを送ろう。
 「生命は永遠である。三世にわたって、心を通わせていける。苦しみから救っていける。悲観や感傷をも超克しながら、『常楽我浄』の生命の旅を、ともに励まし、ともどもに歩んでまいりたい」との師の指針をかみしめながら――。

2009-3-18 聖教新聞 社説
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2009年03月05日

「1票くらい聖徳太子で」 民主・石井氏が脱線発言

2009.3.4 22:21

 民主党の石井一副代表は4日夜、都内で開かれた民主党衆院議員の資金集めパーティーであいさつし、参加者に個人献金を呼び掛けたところで勢い余って「1票くらい、聖徳太子1枚くらい出せば十分取れる」と、選挙買収を示唆するような「脱線発言」をした。

 石井氏は、小沢一郎代表の公設第1秘書が逮捕された政治資金規正法違反事件を念頭に「今、政治資金の問題が出ているが、個人献金は自由だ」と個人献金の重要性を指摘した。

 「聖徳太子」は1万円札を指すと思われるが、絵柄は昭和59年に「福沢諭吉」に交代しており、現在はほぼ流通していない。

産経ニュース



 またまたやっちゃいましたね。この石井一が日本の議員であることが日本の恥ではないでしょうか。首相に対して漢字テストしたり、今回は国民をバカにした発言、あまりにも下等で下品で下らない。こんなやつに投票するやつはもういないでしょう。

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2009年02月11日

きょう、戸田第2代会長生誕の日


偉大な師弟の闘争に学べ!

 「戸田先生は世界に二人とない大指導者です。私は若輩ですが、どこまでも戸田先生についていきます。皆さんも、どんなことがあっても、信心から離れず、戸田先生についていきなさい」
 1956年(昭和31年)の「大阪の戦い」で、京都・舞鶴から駆けつけた友に、池田室長は、こう語った。
 連載「若き指導者は勝った 池田大作――その行動と軌跡」に記された一幕である。
 連載では、今回、初めて明らかとなった秘話やエピソードを満載し、知られざる真実に迫ると同時に、戸田城聖第2代会長の実像も浮かび上がらせてきた。
 池田青年という新入社員を採用し、「来年から来い」としながら、出勤日も定めなかった豪胆さ。
 「今は貧乏でも心配するな。そのうち聖徳太子(当時の千円札)がオイッチニー、オイッチニーと行列を作って家に入ってくるぞ」等と、幾十万の庶民を励まし続けた慈悲――。
 なかでも、50年(同25年)8月、戸田会長が、最悪の事態を迎えた時のエピソードは胸に迫る。
 当時、理事長職にあった戸田会長が、事業の営業停止から、理事長の辞意を表明する。その戸田会長に、こう誓う一人の青年がいた。
 「戸田先生に必ず創価学会の会長になっていただきます。そのために私が全力で戦い、お守りします」
 その青年こそ、池田名誉会長であった。名誉会長の生命を削るような苦闘の積み重ねによって、事業の苦境、後を襲った最高幹部の邪心等を打ち破り、戸田第2代会長が誕生したのである。
 きょう2月11日は、109年前に、不世出の民衆指導者である戸田会長が生誕した記念日である。
 45年(同20年)7月、不敬罪および治安維持法違反の容疑で捕らわれていた戸田会長は、生きて牢獄を出て学会を再建。「地球民族主義」の提唱、「原水爆禁止宣言」、「75万世帯の達成」……師・戸田会長の構想を、弟子・池田名誉会長は一つ残らず実現した。偉大な弟子ありて偉大な師匠あり、であったのだ。
 「青年・勝利の年」の年初を飾った「若き指導者は勝った」(連載は今月4日付で終了)に学び、特に青年部は広布第2幕の「若き指導者」として、一日一日を雄々しく勝利していきたい。

2009-2-11 聖教新聞 社説



 今日は戸田先生のご生誕の日です。何をもって祝っていくのか考え行動したい。
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2009年02月07日

全国代表幹部協議会での名誉会長のスピーチ (下)

 心して強情な信心に立て!


 世の中には、卑劣な人間がいる。狡猾な人間もいる。恩を仇で返す人間すらいる。
 悪は結託する。巧妙に陰で動き回る。
 そうした悪人に誑かされてはならない。本質をはっきり見抜かなければならない。
 戸田先生の人生も、悪意の勢力との闘争であった。絶体絶命の時さえあった。それでも先生は、厳として言われた。
 「この身を広宣流布の大願のために叩きつけるという、私の覚悟は、今も、これからも、微動だにしない!」
 すごい言葉である。
 何のための人生か。その原点を忘れない人は強い。揺るがない。屈しない。
 「“周りから、何だかんだと悪口されるのは嫌だ”などと思えば、戦いは負けである。戦わずして、臆病という、心中の賊に破れているのだ」
 これも、先生の非常に深い哲学である。とくに、幹部が心すべき急所といえよう。




 不惜身命の魂


 一、日蓮大聖人は、「不惜身命」の精神を門下に教えられた。
 指導者に、その深き精神がなければ、魔に信心を食い破られてしまう。魔の跳梁を許せば、どれほど多くの純真な友が苦しむか。
 広宣流布の指導者の責務は重大である。
 惰弱になるな!
 増上慢になるな!
 愚かな虚栄に惑わされるな!
 これが仏法の厳しき戒めである。
 日蓮大聖人は仰せである。
 「第六天の魔王が、私の身に入ろうとしても、かねての用心が深いので身に寄付けない。ゆえに、天魔は力及ばずに、王や臣下をはじめとして良観などの愚かな法師たちに取りついて、日蓮を怨むのである」(御書P1340、通解)
 ここに、迫害の構図がある。
 魔は権力者たちに「悪鬼入其身」する。
 同士の絆を断ち、和合を破ろうとする。
 魔を打ち砕くには、信心で立つのだ。敢然と、師弟不二の心で立つしかない。
 この一点を、後継の青年部は、よくよく、わがが生命に刻みつけてもらいたいのだ。
 難の時こそ、師が開いた道を、師の教え通りに、「先生!先生!」と胸中で叫びながら進む。そうやって私は、あらゆる障魔を勝ち越えてきたのである。


2009-2-2 聖教新聞
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2008年12月04日

広宣流布を支える真心に大功徳

広宣流布を支える真心に大功徳
 「学会のために尽くしてくれた人を、私は放っておかないよ。いな、御本尊が放っておかない」
 戸田第2代会長の指導である。
 池田名誉会長は、この恩師の言葉を通し、「学会のため、広布のために尽くす功徳は無量である。このことを深く確信していただきたい」と述べている。
 大いなる目的のために尽くす人生は、幸福だ。なかんずく広宣流布に捧げる労苦は、すべて功徳となってわが生命を荘厳していく。これが妙法の因果である。
 日蓮大聖人の御生涯は、2度の流罪をはじめ大難の連続であられた。末法万年の民衆を救う闘争の日々を支えたのは、大聖人をお慕い申し上げる門下の真心からの御供養であった。大聖人は、信徒への御手紙で、こうした供養の一つ一つに限りない感謝を認められている。
 例えば、身延の地に御供養をお届けした門下に対し、“あなた自身が日本国に法華経の題目を弘められる人に当たるのです”(妙密上人御消息、御書1241ページ、趣意)と深く讃えておられる。
 広宣流布の道を開く法華経の行者への御供養は、そのまま自身が広布を推進するのと等しい大功徳となるのである。
 反対に、正法を破壊し、広宣流布を阻もうとする邪師への供養は、自らを不幸に陥れる因となるだけである。
 「法華経の御かたきをば大慈大悲の菩薩も供養すれば必ず無間地獄に堕つ」(同1133ページ)。大聖人の精神を踏みにじり、邪義を唱えて自らの醜い欲望を満たすだけの日顕宗に供養すれば、「無間地獄に堕つ」ことは間違いない。
 大聖人の御遺命である世界広宣流布を現実に進める学会こそ、現代における「法華経の行者」の大連帯である。
 今日の学会の大興隆は、池田名誉会長の命がけの大闘争の賜である。そして、師匠と心を合わせて進む幾百万の民衆の大情熱が築いた金字塔にほかならない。
 米ウィスコンシン大学ミルウォーキー校のロフタス理事は「池田会長の輝く星のような秀逸なリーダーシップのもと、展開される創価学会の社会的、教育的、人道的活動は、13世紀の仏教の教師であり改革者であった日蓮の哲学と実践的英知を行動へと移す一致団結した取り組みであります」と賞讃している。
 世界的な偉業に連なることができることに、最大の感謝と誇りを持ち、師と共に福徳の大道を力強く歩んでいきたい。

供養の精神をまなび、真心とはどうあるべきか自分に問いかけ学びます。
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2008年12月03日

嵐に揺るがぬ師弟城を

嵐に揺るがぬ師弟城を

 名誉会長は、恩師・戸田先生が「難が起これば、人間の真価がわかる。一人一人の信心の真偽も明らかになる。そして、学会を利用していた者や、臆病者は去っていく」と喝破された通り、一身をなげうって障魔打ち破るのが真の仏弟子である。いざという時こそ、正義を叫び、師の精神を守るのだ。
 有名な御聖訓には「凡夫は志と申す文字を心へ(得)て仏になり候なり」 御書 P1596 と仰せである。法のため―この一点に、わが心を結び合わせなければ、何をやっても空転である。「信心の志」ある人が栄える。その人は、また後継者は、どんなに苦境にあっても必ず諸天に守護されていくのであると強く語った。

 皆を喜ばせ、ほっとさせながら、勝利と幸福の道を開く。それが名指導者。「真心と信念と誠実の人に」

2008-12-2 各部代表協議会 東京信濃町 創価文化会館
 
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2008年11月30日

1.2に挑む!

新たなる戦い!

1.2にむけて、折伏を行います。今までと違うのは、自分自身の結果だけではなく、メンバーさんを勝たせる戦いへ挑戦いたします。
決意はできました。「自分以上の人材に」をテーマに全魂を打ち込みます!池田先生のお誕生日に最高の結果をもって御報告致します。
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2008年11月28日

魂の独立記念日

きょう「魂の独立記念日」――
学会は世界に堂々の大興隆!
 日顕宗が笑止千万の「破門通告書」なるものを学会に送りつけてきたのは、1991年(平成3年)の11月28日だった。
 前年末に創価学会切り捨ての策謀をめぐらし、理不尽にも葬儀・登山・本尊などを脅しの道具にして隷属を強要した陰謀だった。しかし、仏意仏勅の学会は、日蓮大聖人直結の信心で一切を粉砕し、堂々たる前進を遂げた。
 逆に“衣の権威”の鉄鎖から解放されたこの日は、学会の「魂の独立記念日」となった。以来17年、邪宗門は謗法・堕落の姿を白日の下に晒している。
 「修羅が日月をの(呑)めば頭七分にわる・犬は師子をほゆ(吠)れば・はらわた(腸)くさる」(御書1595ページ)
 この御金言の通り、日顕宗は今年も自壊の坂を転げ落ちるばかりだった。
 ニセ法主の正体を暴かれ、猊座から逃げ去った日顕の跡を受けた日如は無能ぶりが露わになる一方。檀徒の大会も各地で大惨敗。悪天候に見舞われ、無謀な結集、配慮なき運営、無内容の会合に愛想を尽かし、脱講者が相次いだ。
 宗門執行部の坊主が末寺に、できることのない信者増の無責任な檄を飛ばすことに不満が充満。悪辣な供養の強要に、末寺も信徒も疲弊の一途である。
 そんななか、困窮末寺を尻目に日顕の女房・政子が都心の一等地に約2億円のマンションを所有していることが発覚。宗内に怨嗟の念が渦巻いている。9月には、日顕宗の新聞「慧妙」のデマ記事をめぐり、宗門に司法の鉄槌が下された。無惨な「還著於本人」の醜態である。
 問題勃発当時、アメリカ宗教学会仏教部門議長のナツィエ博士は「宗門問題と闘う創価学会の未来に大きく注目し、期待しております」「皆さん方は宗教的権威に屈辱的な姿勢を取らないですむようになったわけです。創価学会は今、実に多くの未来への選択が可能となっているのです」と正当な評価を寄せていた。
 この通りに、学会は日蓮大聖人の唯一の正統教団として、この17年間で、人間主義の世界宗教を192カ国・地域に拡大した。池田名誉会長に世界から贈られた栄誉は3400を超えた。
 今や「正邪」「勝負」は厳然である。
 悪との戦いは、その根を断つまで終わらない。「勝負を決せざらん外は此の災難止み難かるべし」(同998ページ)と肝に銘じ、日顕宗追撃の破邪顕正の大言論戦を、力強く進めようではないか。

2008-11-28 聖教新聞社説より

善悪の判断は難しいと思います。好き嫌いや自分の都合で判断してしまうと、取り返しのつかないことになってしまいます。信行学どれがかけてもその善悪を見抜く事はできないでしょう。今のうちに師匠からしっかりまなばなければいけないかと。これかから来るであろう試練の時を絶対に乗り越えねばならない。そのための準備を今心がけたい。
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2008年11月27日

「良心の言論」が栄える社会に

「良心の言論」が栄える社会に

 「活字離れ」が叫ばれて久しい。
 日本ABC協会が発表した2008年上半期の雑誌発行社レポートによれば、前年同期の販売部数を下回ったのは109誌、総合週刊誌はほぼ全誌がマイナスとなった。今年に入り、有名月刊誌・情報誌等も、相次ぎ休刊を発表した。
 背景には読者の高齢化や、若者を中心としたインターネットの普及等がある。
 しかし一方、若い世代への意識調査で新聞紙媒体を支持する理由として「記事が正確」であることが挙げられているように、活字への信頼度は今も高い。
 文豪・魯迅は「墨で書かれた虚言は、血で書かれた事実を隠すことはできない」(竹内好訳)と叫んだ。「書く」とは命をかけて人間の真実を伝えゆくことだ。だからこそ、「言論の自由」は世界中の憲法で人間精神の至上の権利として保証されているのだ。
 こうした活字文化の尊厳を自ら破壊しているのが、デマやスキャンダルを書き散らす一部の雑誌・週刊誌であろう。名誉毀損で断罪が続く出版社などは、賠償総額は優に1億円を超す。
 言論の自由とは、虚偽・捏造の自由では断じてない。デマは言論の自殺行為だ。虚無主義や冷笑主義を蔓延させる「言論の暴力」を市民の怒りの声で追放してこそ、社会を向上させる良心の言論が栄えていくに違いない。
 創価の三代会長は、権力の横暴と戦う大言論人であった。戦時中、多くの言論人が軍部政府に阿るなか、牧口初代会長、戸田第2代会長は仏法の正義の上から命がけで正義を叫び抜いた。
 その魂を継ぐ池田名誉会長は、小説『新・人間革命』をはじめ長編詩・随筆・対談集・提言などの執筆を通し、幾百万の民衆に勇気と幸福の哲学を贈ってきた。活字文化への偉大な貢献には、出版界からも数多くの顕彰が贈られている。
 「時流に流され、格好ばかりの“売らんかな精神”のジャーナリズムのあり方が今、問われています。一方、聖教新聞には哲学があります。それは、名誉会長の一貫した『平和のための哲学』です」((社)日本写真家協会会長・田沼武能氏)
 本紙の世界的な人間主義の論調をリードする師匠への報恩感謝に燃えて、読者に希望を贈る紙面作りに一段と邁進していきたい。活字・言論は人間と社会を救う“命”――これが、創価三代の道に続く我らの信念である。

2008-11-27 聖教新聞社説より

真実、誠意の言論戦を望みます。
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2008年11月26日

世界の教学運動は仏法史の壮挙

世界の教学運動は仏法史の壮挙

 日蓮大聖人の仏法を研鑚する民衆運動が、世界に大きく広がっている。
 末法の聖典である『御書』は、英語・中国語・イタリア語など各言語に翻訳・出版され、本年5月には待望のスペイン語版が刊行された。また、池田SGI会長の御書講義を含む教学著作も、相次ぎ出版され、行学の向上に役立っている。
 各国では、研鑚のための研修会や質問会などを日常的に推進。世界最高峰の哲学を学んでおり、こうした錬磨のなか、青年たちの成長も目覚ましい。
 「御書を学ぶ目的」は何か? 
 SGI会長は、スペイン語版御書の序文で(1)大聖人の御精神に触れて、信心を深めていく(2)仏法の極理に学んで、我が内なる永遠不変の希望と平和と幸福を確信していく(3)難を勝ち越えてこられた大聖人の実践に学んで、苦難に挑戦していく勇気を奮い起こす――との3点を挙げている。「この『実践の教学』の要諦は、三世永遠に不滅である」と。
 この指針通り、世界192カ国・地域で仏法哲理を学び、幸福・勝利の人生を歩む民衆の潮流は、3000年の仏教史における未聞の壮挙であろう。
 ロシア科学アカデミーのM・ステパニャンツ東洋哲学センター長が述べている(「東洋学術研究」第47巻第2号)。
 「どの国に根づこうとする際も(中国、朝鮮、タイ王国、ビルマ、日本など)、仏教はその国に存在していた宗教に対して寛容的でありました。同時に、新しい世界観を紹介しようとし、生あるものに対する人々の慈悲の心を引き出そうとしました。各国の文化や伝統の妨げにならないよう努めてきました」
 SGI会長のリーダーシップのもと、仏法を基調に良き市民・良き国民として進む創価運動こそ、「妙法蓮華経の五字を以て閻浮提に広宣流布せしめんか」(御書507ページ)の御金言を実現する大聖業にほかならない。
 国際的な経済不安。飢餓や貧困。テロや紛争……。世界は今、文明の未来を開く哲学を真剣に求めている。仏法の慈悲と智慧を現代に展開するSGI会長の思想と行動により、東洋の英知の精髄である大乗仏教、なかんずく日蓮仏法に多くの知性が注目している。
 “哲学不在”が叫ばれる日本にあって、私たちも各国の同志とスクラムを組んで、世界へと広がる仏法研鑚の波を一段と高めていきたい。

2008-11-26 聖教新聞社説より

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2008年11月18日

新人間革命 新世紀1 連載始まる。

新世紀1の連載が始まりました。
池田先生は身命を削りながら弟子に残そうとの想いで書かれていると
思います。ありがたいですね。師匠のおもいをかんじて実践してまいります。


http://www.seikyonet.jp/sg/sp/shimen/novel
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11月18日創立記念日

創価学会創立には師弟があります。意義深いこの日をどう感じどう行動するか。本当の弟子になるべく新たな決意で前進してまいります!
「11・18」に報恩の誓い――
民衆を守る「世界市民」の道
 『世界市民 池田大作』(東洋哲学研究所編、第三文明社刊)が感動を広げている。世界から3400を超える顕彰が贈られた池田名誉会長の行動を、世界の識者の声等で検証した一書だ。
 同書の書評を寄せた評論家の岡庭昇氏は、名誉会長がこれらの栄誉を受けてきた意義として「宗教社会運動たる学会を守るため」という点を挙げている。
 その中で、歴史上の思想・宗教弾圧の傾向性をこう指摘していた。
 「ナチスは突然悪魔が来たように成立したのではない。日本の戦時下の軍事独裁も、特別な事態など何も起きてはいないという平時の意識の延長上に、さりげなく成立した筈である」「独裁は、だがひとたび成立すれば(中略)必ず信仰を弾圧する」
 「創価学会への戦時下の弾圧は、平和な日本の延長上の独裁のもと容易に実現し得るということである。そのときに備えて、池田はいわば体を張って国際連帯の道を志向したとわたしは思っている」(「週刊読書人」10月31日号)
 学会への正視眼の理解。そして今日の社会状況への警鐘でもあろう。
 学会は、牧口初代会長と戸田第2代会長が軍部権力に抗して投獄され、初代会長が殉教した歴史を持つ。初代・2代の魂を受け継ぐ名誉会長は、人類の歩みに貢献すると同時に、日本をはじめ192カ国・地域の民衆を守るため、命がけで世界と友誼を結んできたのである。
 平和でいることを当たり前のように感じがちな日本人だが、日常の「延長上に」「さりげなく」、社会を人権侵害の危険な方向へ煽る動きには警戒を怠ってはならない。学会が、青年部を先頭に「心して政治を監視」(戸田会長)する理由の一つもここにある。
 「立正安国」の哲理による学会の対話運動は、日本社会を正す精神の大地だ。その場その場の政略や宗教蔑視の感情による讒謗を跳ね返し、生命尊厳の潮流を広げる前進に世界は讃嘆を惜しまない。
 インド・アジア協会のデー事務総長は「池田博士の思想に、今こそ、更に光を当てねばなりません。21世紀へ、慈愛に満ちた『新しい世界』をつくるために」(名誉会長への「タゴール平和賞」授与式)と呼びかけている。
 創立78周年の「11・18」。我らは師匠への報恩感謝に燃えて、「創価の正義」を堂々と語り広げようではないか。

2008-11-18 聖教新聞社説より
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2008年11月16日

創立78周年記念最高協議会 名誉会長のスピーチ

創立78周年記念最高協議会名誉会長のスピーチ 

師の心をわが心として進め
創価の誉れは師弟不二の魂!
不惜身命を忘れるな
「信力」「行力」から「仏力」「法力」が!指導者は「勝利の力」をもて
新しい人材を 新しい友情を
世界192ヶ国・地域に―人間革命の太陽!
ロシアの文豪トルストイ 
何が善で何が悪かを知らなければ 生きていくことは不可能だ
戸田先生 世情に一喜一憂するな 信心強き人は「安穏」
生き生きと!勇気と気迫を 先んずれば人を制す

一、きょうは、忙しい中、本当にご苦労さま!
全国の同志の皆様の奮闘のお陰で、今年もまた、晴れ晴れと学会創立78周年の「11・18」を迎えることができる。
心から感謝申し上げたい。

生まれ変わった決意で名指揮を
一、戸田先生は、「先の先まで、勝利の手を打っておくからな」と、よく言われていた。
次の戦いの勝利、そして未来の勝利を見据え、どう手を打っていくか。そこに指導者の真価が現れる。
「先んずれば人を制す」である。今、日本も、そして世界も大きな変革の時を迎えている。
学会にとっても、万年の発展を考える上で、今ほど重要な時はない。
特に最高幹部が、本当の宗教革命の気迫、広宣流布への気迫を失い、惰性に流されるようになったら大変だ。
そうならないように、今こそもう一歩、ここで自分自身の「大革命」「人間革命」をして、進んでいかなければならない。
広宣流布を何としても実現し、学会を大発展させていくのだとの気概が、本当にあるのか。学会が大きな民衆勢力となったからこそ、この一点をもう一度、幹部自身が厳しく問うていくことだ。
今までどんなに頑張ってきても、途中で手を抜けば、すべては水泡に帰してしまう。
口先だけの要領や遊び、ずるさがあってはいけない。責任を持って、最後の最後まで、真剣に戦い抜いていくことだ。
自分を「覚醒」させ、生まれ変わったような思いで進むことだ。
今こそ本気になって、立ち上がるのだ。
例えば、朝、いつもより早く起きて題目をあげるとか、リーダーには、「あの人はすごいな!」と思わせる勢いがないといけない。
生き生きとした姿で指揮を執らなければ、皆も元気が出ない。
オランダの人文主義者エラスムスは述べている。 
「良き種子が蒔かれるならば、精神は良き収穫物を生み出します。あるいは、なおざりにされてしまいますと、精神は無用なもの―それはすぐに引き抜かれるべきものですが―をはびこらせるようになるのです」
精神に鍛えがなくなり、安逸に流されるようになれば、そこから堕落が始まる。停滞は敗北に通じる。
私たちは、仏法の慈悲の精神で社会を潤し、新しい友情を結んでまいりたい。

わが身をなげうって皆のために
一、指導者は力を持ち、力を発揮していかねばならない。
大事なのは「信力」であり「行力」だ。
信力、行力があってこそ、偉大なる「仏力」「法力」を出していくことができる。これこそが勝利への最高の力だ。口がうまいとか、格好がいいとか、そういったことは本物の力とはいえない。
大事なのは広宣流布へ戦う「魂」だ。不惜身命の精神だ。自分が犠牲になってでも、皆のために尽くす―これが真実の仏法の指導者だ。 
だれかが何とかしてくれる。だれかがやってくれるだろう。そうした甘えは捨てることだ。
幹部が、もっと真剣になれば、今の十倍、百倍の力を出せる。
「不惜身命」と「師弟不二」。この大精神を失ってはならない。

一、私は、これまで、ただ一人、あらゆる悪口罵詈、誹謗中傷に堪えて戦ってきた。無実の罪で牢獄にも入った。
これほどの迫害を受けたら、普通なら倒れてしまうだろう。
しかし私は、学会のため、広宣流布のため、そして師匠への誓いを果たすために、すべてに打ち勝ってきた。
創価学会の未来の姿は、戸田先生の胸中に描かれていた。
「師匠の心」を「わが心」とする。それでこそ師弟不二である。
私は先生の後を継ぎ、「信念」と「広宣流布」と「師弟不二」の創価学会を築いてきた。
ともあれ、前に進まないのは後退と同じだ。それではいけない。
また、新しいリーダー、若い人材をどんどん見つけ、育てていきたい。そうでなければ、未来の発展はない。
私も、いよいよ本格的に青年の育成に取り組んでいく決心である(大拍手)。

創立の精神を守り抜け
一、創価学会の「創立の日」は、1930年(昭和5年)の11月18日、火曜日。東京は快晴であった。
この日、牧口先生の大著『創価教育学体系』の第1巻が、戸田先生の強力によって発刊された。
本の奥付には、その発行所として「創価教育学会」の名が記されていた。当時の実質的な本部は、戸田先生が経営されていた私塾・時習学館であった。
会合ではなく、この『創価教育学体系』の出版をもって、学会の創立の日としたのである。本年で、創立78周年を迎えた。
学会の創立から14年後の1944年(昭和19年)、軍部政府と生命を賭して戦われた牧口先生は、東京拘置所で殉教された。
それは、奇しくも「創立の日」である11月18日の午前6時過ぎであった。この日は土曜日で、東京は雨だった。
戦時中の弾圧で、学会は壊滅状態に陥った。しかし、出獄した戸田先生、そして私の三代の師弟の大闘争によって、今、大聖人の「太陽の仏法」の大連帯は、世界192ヶ国・地域に広がった。
この創立記念日を、全世界が祝賀する時代となったのである。
―創立者を大切にしたところは栄える。師匠をないがしろにし、創立の原点を忘れたところは、必ず派閥ができ、勢力争いが盛んになって、乱れる。分裂と混乱と破壊の道へ落ちていく―。
これは戸田先生の厳粛なる指導であった。
アメリカの思想家エマソンは述べている。
「如何なる設立物も設立者その人に優るものはないであろう」
いかなる団体や組織も、創立者という原点を大切にすることが、生命線となるのである。
創価学会の原点は、牧口先生、戸田先生の死身弘法の闘争にある。そして、戸田先生と私の一体不二の戦いによって、学会は世界的な大発展を遂げた。
この三代の師弟の精神こそ、学会の根幹である。この一点を絶対に忘れてはならない。

私が道を開きます!
一、私は、一切をなげうって師匠を守り、広宣流布に生き抜いてきた。その模範の人間であると自負している。
戦後、戸田先生の事業が挫折し、苦境にあった時のことだ。先生は、学会の理事長を辞任せざるをえなくなった。
当時の幹部の中には、戸田先生が苦しむのを喜ぶ人間がいた。あわよくば、学会を自分の思うままにしようとする悪人さえいた。
理事長の辞任が発表された日。戸田先生は、私に厳然と言ってくださった。
「苦労ばかりかけるけれども、君の師匠は、この私だよ」と。
私は、本当にうれしかった。そして、命の底からお誓い申し上げた。
断じて戸田先生に、第2代の会長になっていただきます。そのための道を、私が戦って開きます!―と。
先生は、ニコッと笑ってくださった。
どんな時も、私は先生のために本気で戦い抜いてきた。
夜中でも、呼ばれれば、すぐにタクシーで駆けつけた。戸田先生の自宅で、夜通しお護りしたこともあった。文句など、一言も言わなかった。
戸田先生のことを不当に中傷する人間がいれば、私は弟子として断固、抗議に行った。言論の力で戦った。相手は誤りを認めて、謝罪した。
学会というのは、すごいですね!あなたがそこまで言うのですから、戸田城聖という人は本当に立派な方なんですね!失礼しました―私の話を聞いて、そう言ってくれる人もいた。

悪を攻め抜け
一、日蓮仏法の根幹をなすのは「破折」の精神だ。折伏である。
大聖人は、悪僧・極楽寺良観に帰依していた主君に対し、妙法の偉大さを語った四条金吾に仰せである。
「主君に耳のこの法門(大聖人の仏法)を説いて聞かせたことは実に素晴らしいことである。たとえ主君が今は用いなくとも、あなたは与同罪を免れたのである」(御書1133n、通解)
正義に背く悪を見て、見ぬふりをすれば、結局、悪に加担することになる。与同罪になってしまう。
悪とは断じて戦い抜く。言論で勝利していく。これが真実の仏法の精神である。
ロシアの文豪トルストイは綴った。
「何が善であり、何が悪であるかを知らなければ、生きて行く事も不可能なのである」善悪の判断ができなければ、真に価値ある人生は生きられない。それを教えるのが宗教なのである。

「試練の時が一番大事だ」
一、戸田先生の事業が破綻した時、先生のもとには多くの債権者が押しかけた。
最悪の日々の中で、私は弟子として一人、立ち上がった。先生は、生きるか死ぬかという極限の状況にあった。今の皆さんには、想像もつかないかもしれない。
その中で「全部、私がやります!勝ち取ってみせます!」と言って、立ち上がったのである。
私は働いて働いて、先生の負債を返していった。給料がもらえない時もあった。しかし、そんなことは関係なかった。
そして先生の事業は窮地を脱した。先生は、晴れて学会の第2代会長に就任されたのである。
牧口先生は、よく語っておられたという。 
「人生には、何回か、必ず試練の時がある。その時が一番、大事である。そういう時にも、生きて、生きて、生き抜くのだ。弱気を出してはいけない。そうすれば、必ず、人生の春が来る」
私は、折伏の戦いでも壁を破った。戸田先生の願業である75万世帯達成への突破口を開いた。
先生は、「大作がいてくれれば安心だ」と何度も言ってくださった。私は、先生には何一つ心配をかけなかった。「立派な弟子をもって、私は本当に幸せだ」と、しみじみ語る先生であった。
先生は、私が結婚する時には、私と妻の実家を、それぞれ一人で訪れて、両親に丁寧に話をしてくださった。
またある時、先生は私の妻の両親や最高幹部に、「大作には苦労をかけた。大作は30歳まで生きられないかもしれない」といって、慟哭された。
またある時は、一緒に乗ったタクシーの中で、「大作、二人で厚田村に行こうな」と言われた。先生の信頼を裏切った幹部を、厳しく叱責された後のことであった。
私は「わかりました!」とお答えした。そして先生は、故郷の厚田に、愛弟子の私を連れていってくださったのである。
本当にありがたい師匠だった。
これが創価学会の真実の師弟の姿である。

緻密な計画を 勇敢な行動を
一、古代ギリシャの大歴史家ヘロドトスは記した。
「計略を立てるには小心翼々、あらゆる不測の事態を考慮し、実行に当っては大胆不敵であるような者こそ、理想的な人物であると申せましょう」
緻密な計画と勇敢な行動―これが勝利の方程式である。
山岡荘八は小説『徳川家康』の中で綴っている。
「人間は、健康でありすぎたり、得意すぎたりする時にも警戒を要するのだが、疲れたおりの消極性もまた厳に戒めなければならない」
もちろん、疲れた時に休養を取ることは大切だ。しかし、心まで退いてしまってはいけない。
私は青春時代、少年雑誌の編集長を務めていた。その関係で、この山岡荘八氏をはじめ、西條八十氏や野村胡堂氏など文人と交流を結んだ。懐かしい思い出である。

一、戸田先生は、私を青年部の室長に任命した際に言われた。
「まず君が、次の時代を創りゆく全青年部をがっちりとまとめ、指導していくように」私は、その通りに戦った。
新しい人材の育成に全力を注いだ。 
また、青年部の闘争や学会の運動について、さまざまなアイデアや構想を練って、先生にお話しした。
先生は「お前がやりたいのなら、やりなさい」と言われた。
私に全幅の信頼を置いてくださった。

最後には必ず幸福になる
一、私は戸田先生の指導を大事に記録し、残してきた。
まだ、カセットテープさえない時代である。学会本部にも、十分な機材はなかった。
私は自分で録音用の機材を手配して、後世のために、先生の教えを記録した。そういう弟子だった。妻も戸田先生の指導を筆記して残した。
一つ一つの戦いが、どれほど大変なことだったか。何もないところから、すべてをつくりあげていったのである。
こうした苦労も知らないで、できあがった組織の上に乗っかって、威張る。自分は特別だとカン違いして、ふんぞり返る。そんなことは絶対にあってはならない。
ともあれ、戸田先生は言われていた。 
「日蓮大聖人を信ずるというならば、大聖人の仰せの通りに戦わなくてはならない。それでこそ、大聖人もお喜びになるのである」
「大聖人の仰せの通りに」―この一点が重要だ。広宣流布に戦えば、三障四魔が競い起こる。迫害は必然なのである。
先生は言われた。
「日蓮大聖人は、鎌倉幕府の圧迫を恐れずに、堂々と法華経を広められたのである。我らも勇気を奮い起こし、一丸となって、広宣流布の大道へ進もうではないか!」
大事なのは勇気だ。団結だ。
先生は、こうも指導しておられた。
「私たちは御本尊を戴いている。経文にも、信心強盛の人いるところ、『我此土安穏』と説かれている。
何で恐ろしいことがあろうか。
さまざまな世情に一喜一憂して、紛動されては断じてならない。
そんな惰弱なことでは、広宣流布の大業を遂行することは、決してできないからだ」
何があっても、御本尊根本、信心根本に進むことだ。
最後には必ず勝つ。絶対に幸福になる。それがこの信心なのである。
増上慢を打ち破るのが真の仏弟子
民衆のために戦え
ゲーテ 人間の真価は行動で決まる
師のために捧げたわが青春の栄光
「私は”戸田大学”の卒業生」
245世界一の知性の宝冠 名誉学術称号
一致団結!師弟の大城を築け

一、社会の闇が深いほど、「変毒為薬」の大仏法は、光り輝く。「毒を変じて薬と為す」のである。
戸田先生は常々、「心して、強情な信心に立たねば、いたずらに時代の波に足をすくわれてしまうぞ」と言われていた。
「大いにやろうではないか!何が起きようと、びくともしてはならん」ともおっしゃった。
「師子王の心」で、決然と突き進むのだ。
経済苦の同志には、「焦ってはならない。腰を据えて闘うのだ。私はじっと君を見守っているよ」と温かく励まされた。
日蓮大聖人は、「竜女が成仏此れ一人にはあらず一切の女人の成仏をあらはす」(御書223n)と仰せである。
一人の勝利が皆の道を開く。ゆえに、どこまでも一人を大切にすることだ。

厳しき因果の法
一、法華経の行者には、必ず「三類の強敵」が競い起こる。邪悪な勢力が襲いかかる。
「開目抄」では、「彼が為に悪を除くは即ち是れ彼が親なり」「能く呵責する者は是れ我が弟子」との釈を引いて、折伏精神を教えておられる(同236n)。
増上慢と戦ってこそ、真の仏弟子なのだ。
正しく公平な仏法の世界である。因果の理法は厳しい。
ゆえに悪に対しては厳格であることだ。自分の勢力をいかに増やすか、自分の人気をいかに保つか、そんなことしか考えない人間がリーダーになった組織はつぶれてしまう。

人材の勝利城を
一、戸田先生は『三国志』を通して、英雄の条件は「人材を愛する」ことであり、小粒の、ろくでもない人物には、人材を見出すことはできないと語られた。
そして「創価学会も、要は、人材の城でなくてはならない」と訴えられた。
師弟不二であってこそ、堅固なる勝利城、人材の大城ができる。
一致団結して、大いなる師弟の城を築き、護ってまいりたい。

“前進するか 後退するか”
一、戸田先生が亡くなられた1ヶ月後、私は「七つの鐘」の構想を発表した(昭和33年)。学会創立以来の広宣流布の展望を、7年ごとの節目で表し、学会員の皆さんに勇気と希望を贈りたかったのである。
そして、はからずも「第7の鐘」の期間を終える昭和54年(1979年)、私は第3代会長を辞任せざるをえなくなった。
皆さんもご存じの通り、忘恩の輩が蠢いた結果であった。
学会を敵視していた者たちは喜んだ。
私は、牧口先生、戸田先生という師匠が言われた通りに、そして師匠の勝利のために、闘ってきた。
この師弟の魂をおとしめたり、バカにしたりする存在に、断じて負けてはならない。

一、イギリスの作家ジョージ・オーウェルは綴っている。
「何事も静止することはないのだ。代々受け継いできたものをふやすか失うか、より大きくなるか小さくなるか、前進するか後退するか、しかない」
これまで私は、学会を、だれよりも力強く前進させてきた。恩師の正義を宣揚してきた。
また、現在、世界各地から「245」の名誉学術称号を頂戴している。すべて学会員の皆様に対する信頼の証しである。
さらに、一面からいえば、諸天善神の不思議なる力用だともいえよう。
すべての同志の皆様に、心から感謝申し上げたい(大拍手)。

幸福を創る力
一、南アフリカのマンデラ元大統領は、教育について次のように述べている。
「教育は、個人の能力開発のための偉大なエンジンだ。教育を受けることによって、農民の娘が医者になり、鉱山労働者の息子が高山経営者になり、農場労働者の子どもが一国の大統領になることができる。何を与えられるかではなく、自分の持っているものから何を作り出せるかで、それぞれの人生の進路がちがってくるのだ」
民衆のために苦労し抜いたマンデラ氏の言葉だけに、ひときわ重く、心に迫る。
もちろん、大聖人の御書には、“いい学校を出ないと幸福にはなれない”などとは一言も書かれていない。
仏法の観点から見れば、人間の幸福にとって、学歴の有無は枝葉に過ぎない。
私たちの立場からいえば、強盛な信心こそが幸福の根本であり、根幹である。
また、優れた学校教育を受けた人は、その力をもって、全力で民衆に尽くせばいいのである。

「われらこそ地涌の菩薩」
一、庶民のために顕された御書である。
戸田先生は堂々と語られた。
「われわれは、無作の三身の仏なりと確信し、また確信すればこそ、大衆にむかって、無畏の心(畏れのない心)をもって説いております」
「われら学会員こそは、『地涌の菩薩』であります」
先生の確信は、御書根本の精神に支えられていた。先生は厳しく言い残されている。
「御書は、末法の御本仏の経典である。一行一行、一語一語をば、絶対なりと南無しながらの拝読でなければならない。いささかたりとも、我見でわかったように錯覚してはならない」
ご自身が、この言葉の通りに御書を拝された。そして、一人一人の会員に対して、尊い仏のごとく接していかれた。
学会こそ、真に民衆を賢くし、強くする、民衆教育の団体なのである。
誠実に尽くすリーダーたれ

一、私は「戸田大学」の卒業生である。師の苦境の時に「そばにいてくれ」と頼まれ、夜学を断念して、仕え抜いた。
これこそ私の誇りである。戸田先生が私をつくってくださったといってよい。
文豪ゲーテは記した。 
「いかにすればおのれ自身を識ることができるか。観察によるだけではけっしてできないが、行動を通じてならば可能となる。きみの義務を果たすことを試みるがよい。きみがいかなる人間であるかがすぐにわかるはずだ」
行動によってこそ、人間の真価は明らかになる。自分の真実の姿を知ることができる。
仏法においては、広宣流布を進めた人が、一番偉い。
万が一、学会の幹部が、学歴や経済状況など、仏法以外の権威によって人物を判断し、決めつけるようになれば、学会員があまりにもかわいそうだ。
最も功労のある人に対して、深く感謝し、讃えていくのが“人間の世界”である。この心を軽んじ、忘れたならば、嫉妬が渦巻く、薄情な“提婆の世界”となってしまう。
そういう兆しに対して、私と妻は人知れず闘ってきた。
そして皆さんもまた、真面目に、誠実に、この尊き学会を守りきってほしいのである。

今いる場所で 耀く存在に! 
一、牧口先生に対する戸田先生の態度は、それは厳粛であった。
私もまた、戸田先生に対して厳粛に接した。命をかけて護り、増上慢の人間と戦った。
「師弟」があるから学会は伸びた。ここまできたのである。仏法を根本とした「師弟」を外せば、あとは何も残らないであろう。
最後に戸田先生の青年に対する言葉を贈りたい。
「学会には、御本尊を受持して、絶望の淵から見事に立ち上がり、生き甲斐をもって蘇生した多くの同志がいる。創価学会は、考えれば考えるほど不思議な団体なのだ。使命をもった団体なのだ。
ゆえに、学会と縁を結んだ青年部の諸君もまた、不思議なる青年だといわねばならないのです」
「君たちこそ、将来の学会の中枢ではないか。金剛不壊の車軸となれ!若き革命児として立ち上がれ!」
今いる地域で、職場で、堂々たる柱となり、光り耀く存在となっていただきたい。
またお会いしよう!


2008-11-11創価文化会館
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