2009年09月07日

行き詰まり

 人生は、ある意味、「行き詰まり」との戦いです。生きる限り、また、戦う限り、必ず困難の壁が立ちはだかるのは当然です。順風ばかりで「行き詰まり」がないのは、むしろ停滞の証です。
 戸田先生は事業が逼迫し、打開の道を開く苦闘を続けていた時の事です。疲労が重なっていた私の姿をご覧になった戸田先生は、力強く叱咤してくださいました。
 「信心は行き詰まりとの闘争だ。仏と魔との闘争が信心だ。それが、仏法は勝負ということだ」
 誰人の人生にも、また、どんな戦いにも、必ず「行き詰まり」を感じる時があります。
 しかし、行き詰った時こそ、自身の信心が試されているのであり、「勝負の時」にほかならない。大事なことは、常に前進の方向へ一念を定めることです。壁を乗り越える挑戦自体が、自身の境涯を確実に広げゆく因となるこは間違いありません。戦えば必ず生命は変わります。宿命は絶対に転換できる。
 その意味でも、行き詰った時こそが本当の勝負です。行き詰まりを打開する力こそ、「いよいよ強盛」の信心です。これは、社会にあっても変わりません。


2009-9 大百蓮華 No716 P58


 『順風ばかりで「行き詰まり」がないのは、むしろ停滞の証です』とあります。法戦が終わり、完全に休みモードの私にとってとても心が痛みます。

 さらに―

 釈尊の言葉にもこうあります。
 「善をなすのを急げ。悪から心を退けよ。善をなすのにのろのろしたら、心は悪事をたのしむ」

(『ブッタの真理のことば 感興のことば』中村元訳、岩波文庫)


 『心は悪事を楽しむ』とあり、休みの過ごし方も大切になってくるとおもいます。いかなる状況下でも朝晩の勤行をしっかりやり、決意にはじまり、感謝に終わるリズムを崩さぬよう心がけたい。
posted by 元 at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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