2009年09月05日

今回の衆議院選で学んだこと

 まず、今回ほど辛かった選挙はなかった。公明党という政党を支援し始めて4回目になります。
 それ以前は選挙に対して冷ややかな目線でしか投票していませんでしたが・・・まー自分一人投票してもさほど変わらねーだろうなー程度。
 それが、創価学会に入り公明党を支援する立場になった。実際、心の底から支援するなど思えなかった。区議選が一番初めでした。その初めての選挙でいきなり遊説隊に選ばれてしまった。皆が一生懸命支援してる党がどういうものか理解できるかもという一点のみで承諾した。
 区議と近い位置でその議員の姿を垣間見ることができた。ただただ、議員の大変さに驚くばかりでした。支援者と議員の距離が近い事を知った。腰の低さにも、支援者の議員の扱いにも今までの政治家や選挙といった感覚をガラリと変えられてしまった。
 私の父や以前お世話になった会社では自民を支援していましたが、支援の仕方や党を勝たせようとする意気込みは桁違いだ。
 その当時から議員や同志の必死さに感動し、心からいい関係であると感じた。
 都議選にて逆風のなか公明党は完勝した。そして今回の衆議院選だった。
 やるからには勝ちたい。しかしながら勝ちが見えないところからのスタートでした。勝つために必要な目標があまりにも高かった。悩んでも悩んでも見えてこない。動いても手応えが悪すぎる。政権交代とい大風が強すぎた。この怨念にも似た政権交代という国民の大半のおもいに私自身もなびいてしまいそうだった。いや、1回やらせなければこの国民の怨念は増大するばかりだと思った。私は去年の秋頃から公明は自民を守りすぎると思っていた。しかし、政策を実現するにはしょうがないのか。馴れ合いになっているのではないか。責めの勢いが薄すぎて公明党の存在も薄くなりすぎていないかなど、様々頭をよぎった。
 しかし、今までやってきた支援のありかを否定などできなかったし、公明党へ意見を言える環境ではなかった。同志が必死に支援をし、議員の必死さも知っているから、なおさら言えなかった。でもそれは自分の弱さでしかなかった。
 選挙結果をみながら同志の沈んだ顔が浮かんだ。支援をお願いした友人に申し訳なかった。なにより先生に会わす顔がなかった。悔しかった。ただただ悔しかった。
 しかも、平沢勝栄は当選していた。実は平沢の講演会へ行ったことがあります。平沢はその講演会で自民批判がほぼ全てでした。その時はこいつ最低なやつだ、自分擁護しかしてないとしか思わなかったが、今思えば勝つために国民の不満をその講演会で代弁し、そしてその支援者たちの不満をその場で解消させていたのかもしれません。だから、勝つことができたようにおもいます。その点で言えば公明の議員は支援者に無理強いをしていたのかもしれません。公明の支援者は人がいいからそれに甘えていたのではと疑問も湧いた。いい人は勝ち負けでいえば負けがきっと多くなる。恋愛でもいい人で終わってしまう。悪いやつは手段を選ばず勝ちにもの凄く執着する。その悪いやつに勝つには本当の正義、ヒーローになるしかない。ヒーローはいい人でもあるが魅力もありなにより強い。内部外部問わずあこがれる議員が今後出てきて欲しいと願う。公明党はそういう議員を輩出できる環境も作らねばならないのではないでしょうか。議員の選定の仕方も変えてみてはとおもう。例えば党員による投票によって決める。どのようにして議員を決めているかは知らないが、いきなり新人で候補者になっても誰?じゃあ弱い。
 長くなりましたが、今回学んだ最も大きいのは「ただいい人じゃー勝てません」ということです。
posted by 元 at 01:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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