2009年02月25日

佐渡御書 7

 日蓮は此因果にはあらず法華経の行者を過去に軽易せし故に法華経は月と月とを並べ星と星とをつらね華山に華山をかさね玉と玉とをつらねたるが如くなる御経を或は上げ或は下て嘲哢せし故に此八種の大難に値るなり、此八種は尽未来際が間一づつこそ現ずべかりしを日蓮つよく法華経の敵を責るによて一時に聚り起せるなり譬ば民の郷郡なんどにあるにはいかなる利銭を地頭等におほせたれどもいたくせめず年年にのべゆく其所を出る時に競起が如し斯れ護法の功徳力に由る故なり等は是なり
(御書P960・5行目〜9行目)


(通解) しかし、日蓮が受けている八種の報いは、今述べた因果によるものではない。法華経の行者を過去に軽んじたからであり、月と月を並べ、星と星をつらね、崋山に崋山を重ね、宝玉と宝玉とをつらねたように尊い経典でる法華経を、ある場合には私たちには深遠すぎてと棚上げにして、ある場合には見下して嘲笑ったために、この八種の大難に遭っているのである。この八種の大難は未来永劫にわたって一つずつ現れるはずだったものを、日蓮が強く法華経の敵を責めたことによって、八種の大難が一時に集まり起こったのである。
 譬えていえば民が郷や郡などのなかに住んでいるうちは、どれほどの借金を地頭などにしていたとしても厳しくは取り立てられず、次の年、次の年へと延ばしてもらえる。しかし、その土地を出る時には、すべてを取り立てられるようなものである。「正法を護持する功徳の力によるものである」とはこのことである。
posted by 元 at 01:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 御書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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