2009年02月13日

新池御書

仏に成り候事は別の様は候はず、南無妙法蓮華経と他事なく唱へ申して候へば天然と三十二相八十種好を備うるなり、如我等無異と申して釈尊程の仏にやすやすと成り候なり。(御書P1443)


(通解) 仏になるということは特別なことではありません。ただ南無妙法蓮華経とほかのことをさしおいてひたすら唱えていくならば、自然に生命に仏の相である三十二相八十種好をそなえていけるのです。法華経方便品第二に「我が如く等しくして異なること無からしめん」とあるように、釈尊のような仏にやすやすとなっていけるのです



 今日のある会合でご教授していただいた御書です。
 この「新池御書」の御文のなかの“他事なく”とは、ほかのことをさしおいて とありますが、これは感謝することです。とくに師恩です。そして、この信心を通して感じた事や功徳を思い出して感謝するのです。と仰いました。そうすることで、釈尊のような仏に簡単になれると教えいただきました。
 私は、御書を読む人の境涯で捕らえ方が違うとおもいました。
 多分私だったら、ただ南無妙法蓮華経と唱えれば釈尊になれると、安易に考えてたとおもいます。今日一日の嫌な事、辛かった事、よかった事、嬉しかった事、すべてに感謝したく思いました。
 この先輩は、2年ぐらい前にも担当幹部で指導してもらったときに、「私の後ろには常に先生がいらっしゃる。だから負けられない」と今でも鮮明に覚えています。この指導をうけてから私は「師弟」を考えるようになりました。本当にいい先輩ですし、いい幹部だと思いました。
これからもっと深く感謝していきます。 
posted by 元 at 01:08| Comment(4) | TrackBack(0) | 御書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おはようございます。「新池御書」が正しいです。即、訂正願います。
Posted by 一支国 at 2009年02月14日 04:06
ご指摘ありがとうございます。
早速訂正いたしました。
Posted by 元 at 2009年02月15日 13:11
文中にもまだ誤字が残ってますよ。私もよく誤字脱字が多いので、自分で読み直すようにしています。
Posted by 一支国 at 2009年02月15日 22:54
うわ〜すいません。度重なるご指摘本当にありがとうございます。最近ちょっと慣れてきて油断しすぎですね。私も読み直しているのですが、完全に見落としていますね。気をつけます。
Posted by 元 at 2009年02月16日 22:12
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