2009年01月31日

民主・鳩山氏の「給付金は買収」発言、与党が懲罰動議提出

 自民、公明両党は30日、民主党の鳩山幹事長に対する懲罰動議を衆院に提出した。

 鳩山氏が29日の代表質問で、定額給付金を「悪質な選挙買収」と批判したことを「不穏当極まりない発言」(太田公明党代表)と問題視した。

 これに対し、鳩山氏は30日の記者会見で「(懲罰動議は)大変名誉なことだ。逃げるつもりはない」と語った。

(2009年1月30日21時29分 読売新聞)


 この鳩山氏の発言は国民をばかにしている。この不景気で生活をしていくのがどれだけ大変なのかわかっているのか。その国民ための支援であるこの制度を買収というのであれば、減税はすべて買収にあたるのではないでしょうか?そういう見方しかできない鳩山氏には庶民の気持ちなどわかるまい。最低な議員であるというしかない。
posted by 元 at 14:07| Comment(2) | TrackBack(1) | 政治 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新・人間革命  潮流6


 日興上人は遺誡されている。
 「未だ広宣流布せざる間は身命を捨て随力弘通を致す可き事」(御書一六一八ページ)
 広宣流布の大前進の原動力は、戸田城聖が、山本伸一が、この御言葉のごとく、常に死身弘法の決意で奮闘してきたことにある。
 伸一は、盤石な二十一世紀の建設のために、何よりも皆に教えていかなければならないのは、この精神であると痛感していた。
 幹部が完成した組織の上に乗っかり、行事を運営する手法だけを身につけ、それで広宣流布が進むかのような感覚に陥ってしまえば、早晩、学会は破綻をきたすことになる。前進は死闘なのだ。
 幹部が、それを忘れ、青年が、それを知らずに育っていくことを、伸一は最も危惧していたのである。
 生命を削るような苦闘の積み重ねのなかに、広宣流布の道も、自身の人間革命の道もあるのだ。
 「光栄は労苦のみによって得られる」(注)とは、ナポレオンの魂の言葉である。

2009-1-31 聖教新聞


 これは心ある同志が肝に命じなければならない。命にこの師匠のお心を刻みたい。
posted by 元 at 13:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 信心の姿勢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

異体同心は永遠の勝利の法則

 異体をば
  同心せよ 
    との御聖訓
  背かず励めや
    功徳の城にて

 「異体同心なれば万事を成し同体異心なれば諸事叶う事なし」 (御書P1463)
 これは、日蓮大聖人の御断言であられる。
 団結は正しい。団結は美しい。団結は楽しい。そして「異体」すなわち「多様性」を尊重した団結ほど、強いものはない。この人間の結合の極致を、蓮祖は、中国の故事を踏まえてつつ「異体同心」の一語に凝結して、人類に留めてくださった。なんと素晴らしき御金言か。
 いかなる国においても、そして様々な団体においても、「異体同心」こそ勝利の鉄則だ。
 なかんずく仏道修行にあっては、この大法則に背けば、功徳もでない。力も出ない。
 『摩訶止観』には「心を同うし志を斉うして一船に乗るがごとく、たがいに あい敬重して世尊を視るがごとくす」としるされている。
 上も下もない。同志は、みな平等である。みな尊極の仏である。みな偉大な闘士である。
 「心こそ大切なれ」(御書P1192)− この心と心とを、「広宣流布」という大誓願に一致させた「異体同心」の真髄の世界が、創価学会である。ここに、妙法と完璧に合致した「和合僧」がある。そして、この学会と苦楽を共にしゆく生命にこそ、仏法の極理である「生死一大事の血脈」が脈々と流れ通うのだ。

2007-4 大百蓮華No687 巻頭言


 「大願とは法華弘通なり」(御書P736)と仰せの通り、私達同志が大願という心を一つにすれば全てに勝利できるのです。私はこの一点に心を定めて戦い抜き必ずや勝利の報告を師匠にいたします。
posted by 元 at 01:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 団結 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月30日

2月1日、結成記念日

牙城会よ 師弟の魂に生き抜け

 広宣流布の拠点である全国・全世界の会館で、師弟の精神に燃えて学会厳護の使命に生き抜く青年部の人材グループ「牙城会」――明後2月1日は、牙城会の結成記念日である。
 その淵源は、1971年(昭和46年)1月。それまで、各地の会館で自主警備にあたっていた友は、「会館警備」「当番」などまちまちの名称で呼ばれていた。そこに池田名誉会長から、「広宣流布の牙城を守る人材育成の組織だから、『牙城会』がいい」との提案が。翌2月の1日に、新たな発足となった。
 以来、38星霜。雨の日も吹雪の日も、自身の場所で師匠を心に抱き、会館を守り続ける牙城会の友。
 名誉会長はかつて、最北の北海道で使命に徹する友に「ただ頼む 冥の照覧 牙城会」と句を贈った。
 またある時は、学会本部周辺を牙城会と共に巡回警備に歩き、「牙城会は、本部、会館、そして、学会員を守る大切な使命がある。だから、どんな小さいことも見過ごしてはいけない」と、事故を未然に防ぐ心構えを自ら教えてきた。
 師匠の直接の薫陶を受け、牙城会は一年一年と強固な陣列を築いてきた。会館の近隣で起きた不審火や不慮の事態を発見し、迅速な対応で大事に至る前に食い止め、表彰されたメンバーなど、地域を守る活躍も枚挙にいとまがない。
 「陰徳あれば陽報あり」(御書1178ページ)の御聖訓を胸に、メンバーは不況の社会の真っ只中で粘り強く実証を広げている。今では父子2代で牙城会という友も多い。これほど多くの青年に“民衆を護る”陰徳陽報の大道を教え、実践する団体がどこにあるであろうか。混迷の日本の未来を担う学会青年部の育成に、刮目する識者も多い。
 昨年の結成記念日。名誉会長は広布第2幕の牙城会に新たな命を吹き込んだ。「『牙城』という名前それ自体は、戸田先生と私の師弟が、深く深く大切にしてきた言葉であります」と。さらに12月の青年部幹部会の席上、こう詠んだ。
 牙城会
  恩師と私が
   命名す
  第一級の
   勇者となりゆけ
 創価の師弟の魂が凝縮された「牙城」の名。全国の友は、「青年・勝利の年」も勢いよく厳護の闘争を開始している。

2009-1-30 聖教新聞 社説


 ありがたい。「牙城会」の名のなかに師弟があります。志願兵となってはや2年。今、本担として二期目にはいります。先生のお膝元で訓練をうけることのありがたさを、どう表現すればいいのでしょう。
 牙城会記念総会でありがたくも先生から激励をいただくことになりました。この大恩にどう応えていくのか新たに決意し不惜身命のおもいで戦い必ず恩返しいたします。
posted by 元 at 17:32| Comment(4) | TrackBack(0) | 牙城会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

社説1 国会論戦で衆院選の争点を明確にせよ(1/30)


 麻生太郎首相の施政方針演説に対する各党代表質問が始まった。初日は民主党の鳩山由紀夫幹事長らが質問に立ち、国家公務員の天下り問題や消費税増税問題などで首相の見解をただした。

 今年9月には衆院議員の任期が切れる。来年度予算の成立後は、いつ選挙があってもおかしくない解散含みの展開になる。与野党は長丁場の来年度予算案の審議を通じ、衆院選の争点を明確にする責任がある。

 その観点からしても、民主党の小沢一郎代表が代表質問に立たなかったのは遺憾だ。鳩山氏は小沢氏が唱える環境ニューディール構想などを紹介しながら質問したが、これでは迫力に欠ける。次期首相候補の小沢氏自ら論戦を挑むべきだった。

 鳩山氏は国家公務員OBが公益法人などへの再就職を繰り返す「渡り」を容認する政令を批判した。首相は改正国家公務員法で3年間の経過期間中は省庁によるあっせんが認められていると指摘し「厳格な監視を実施し、再就職等の規制の実効性を確保するという法律の誠実な執行のために必要」と答弁した。

 しかし自民党の細田博之幹事長が「渡りをやめるべきだ」と再度迫ると、首相は「国民からの厳しい批判や国会での議論を踏まえ、今後はあっせんの申請が出てきても認める考えはない」と明言した。

 「厳格に運用する」というこれまでの答弁から踏み込んだものだが、あっせん禁止は当然である。抜け道を残さぬために「渡り」を容認した政令も撤回するのが筋だ。政府は近く内閣人事・行政管理局の創設などを盛り込んだ公務員制度改革の工程表を決める予定だが、「渡り」に甘い印象を残したままではとても国民の理解は得られまい。

 首相は消費税の増税問題で、施政方針演説を踏襲して「遅滞なく段階的に消費税を含む抜本的な税制改革を行うため2011年度までに必要な法制上の措置を講ずる」と述べるなど、言質をとられぬように安全運転の答弁に徹した印象が強かった。

 鳩山氏はアフリカ・ソマリア沖の海賊対策について、海上自衛隊を派遣した場合の武器使用基準などをただしたが、新法制定の是非を含め、民主党の立場は明らかにしなかった。政権担当能力に不安を残す、無責任な対応である。

 鳩山氏が早期の衆院解散を求めたのに対し、首相は「いずれしかるべき時期に野党との争点を明らかにして国民に信を問いたい」と応じた。予算審議はその格好の舞台であり、実のある議論を期待したい。


2009-1-30 日経ネット社説


 民主党はもっと政策をうちだせ。反対意見は聞き飽きた。政権運営能力はもちろん責任感もない。
posted by 元 at 13:31| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月29日

御義口伝

 蓮祖大聖人は、師弟相伝の「御義口伝」に仰せになられた。
 「始めて我心本来の仏なりと知るを即ち大歓喜と名く所謂南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり」 (御書P788)
(通解)
 自分自身が本来の仏であると知る事を大歓喜と名づける。すなわち南無妙法蓮華経と唱えていくことは歓喜の中の大歓喜なのである。
 いかなる困難にも打ち勝つ「仏」の命は、どこか遠くにあるのではない。汝自身の胸奥にある。その大生命に目覚める以上の喜びがあろうか。それを勝ち取る源泉こそ、強き信心であり、勇気ある信心なのだ。

2008-8 大百蓮華No703 巻頭言


 自身の中にある仏性を信じ、他人の中の仏性も信じ、大歓喜したいですね。そのためには何をすべきかよくよく考え行動しゆきたい。
posted by 元 at 20:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 歓喜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

名字の言

池田名誉会長は「今日の情報社会にあっても、結合が力である。いかなる分野においても、孤立したところは取り残され、滅び去っていく」と語っている。広布の組織にあっても、皆が団結して、目標を達成しようと、互いに手を取り合って前進するとき、思いもよらぬ力が発揮でき、その相乗効果が「勝利」への上げ潮をつくり出す。

2009-1-29 聖教新聞 名字の言
posted by 元 at 14:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 団結 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東京地裁が山崎正友の不当訴訟を粉砕

 創価学会に対する恐喝事件で懲役3年の実刑を受けた山崎正友が、学会と故・野崎勲さん(元学会副会長)らを訴えていた裁判で、東京地方裁判所(高部眞規子裁判長)は28日、山崎の一切の請求を棄却する判決を言い渡し、学会側が全面勝訴した。
 この裁判は、極悪ペテン師・山崎の悪辣な正体を厳しく暴いた野崎さんの「創価新報」の記事や著書『人間失格 こんな悪い奴はいない』に対し、名誉毀損だ等と騒いで不当に訴えていたもの。
 裁判では、以下の6点にわたる山崎の悪行が争点となった。
 (1)山崎が、共産党委員長の宮本顕治邸への盗聴事件を独断で行ったこと
 (2)山崎が、自らの金儲けのために、体調不良の日達法主をクルーザーに乗せ、寿命を縮めさせたこと
 (3)山崎が、賭け麻雀に明け暮れ、賭博罪で逮捕されたこと
 (4)山崎が、大分在住の女性と関係を結んだ後、大金を騙しとり、麻雀賭博の清算につぎこんだこと。同時に、正信会僧の妻とも不倫関係にあったこと
 (5)山崎が、ブラックジャーナリストの内藤国夫が名前を貸して代表世話人となった「民主政治を考える会」を実質的に運営し、ビラの発行で数億円の闇金を手に入れたこと
 (6)山崎が、大石寺所有の遊休地で土地転がしを行い、地元の有力者から5000万円のマージンを取得したほか、墓園工事に絡んで4億とも5億とも言われる裏金を手にしたこと
 これらの事実について、判決は、そもそも山崎の名誉を「低下させるものということはできない」、また「事実の重要な部分は、真実であると認められる」と明快に認定。その一方、山崎の主張については「採用することはできない」と完膚なきまでに粉砕した。
 結局、山崎は、自ら訴えた裁判で、自身の不埒な行状が満天下に暴かれ、その極悪ぶりが判決に永劫に刻印されたのである。
 裁判で山崎は、昨年7月23日と9月3日の2度、計3時間にわたって、厳しい尋問を受けた。
 この中で、学会側が提示した具体的な証拠により、山崎の悪辣なウソは一切が破綻した。山崎は、学会側弁護士の厳しい追及に何度も立ち往生。言い逃れもできず、法廷で無様な醜態を晒した。
 綿密な審理を経て言い渡された、今回の判決は、120ページを超える大部である。それは、山崎の虚構を徹底的に暴き出し、その極悪性を厳しく断罪する内容となっている。
 判決は、山崎のデタラメな主張を、厳しい言辞で裁いている。
 「主張は採用するに値しない」「矛盾する供述」「幾重にも変遷」「不明瞭な供述に終始」「客観的証拠は何ら存在しない」「到底信用することができない」と厳しく処断。
 さらに判決は、これまでに山崎が、学会に対して行ってきた誹謗中傷をも検証。
 「山崎の学会に対する批判的言論の中には、少なくとも本件の証拠上、真実とは認め難いものがある」と明確に認定したのである。
 なお、山崎は昨年12月29日、神奈川県内の病院で急死した。マスコミは「創価学会恐喝で実刑 山崎正友氏が死去」(産経新聞)等と報じた。


2009-1-29 聖教新聞
posted by 元 at 14:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 破邪顕正 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

民主松岡議員の次男を逮捕=事務所侵入、金庫盗んだ容疑−大阪府警

 民主党の松岡徹参院議員の次男の無職松岡潤容疑者(30)=大阪府熊取町久保=が、会社事務所に侵入し現金などを盗んだとして、窃盗容疑で大阪府警貝塚署に逮捕され、窃盗罪で起訴されていたことが28日、分かった。容疑を認め「借金で生活が苦しかった」と話しているという。
 調べでは、潤容疑者は昨年11月26日午後11時ごろ、同容疑で逮捕された瓦ぶき職人中道康博容疑者(32)=同府泉佐野市上之郷=と共謀し、同府貝塚市麻生中の自動車修理会社の事務所に侵入。現金約5万5000円や通帳などが入った金庫を盗んだ疑い。

1月29日0時34分配信 時事通信
posted by 元 at 12:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

勝利! 師弟の太陽の心で

 大切に記録してきた戸田先生の次の指導を紹介した。
 「時間を浪費するな!勝つために、今、一番、大事なことは何か。それを見極め、最優先せよ!」
 「“周りから、何だかんだと悪口されるのは嫌だ”などと思えば、戦いは負けである。戦わずして、臆病という、心中の賊に破れているのだ」
 「この身を広宣流布の大願のために叩きつけるという、私の覚悟は、今も、これからも、微動だにしない!」
 名誉会長は、皆さんの手で、さらに素晴らしい創価学会を築き、護り抜いていただきたい。仏法の因果の峻厳である。正邪は必ず明らかになる。何ものをも恐れず、大いなる広布のロマンに生き抜こうと呼びかけた。

2009-1-27 全国代表幹部協議会 創価文化会館



 先生からの男子部の指針

 師子となりて走れ!
 師子となりて叫べ!
 師子とは師を護り抜く弟子だ
 勇敢に勝ち続ける弟子だ

2009-1-27 全国代表幹部協議会 創価文化会館

posted by 元 at 01:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 勝負 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月28日

「2月闘争」を青年が勝ち飾れ

 「青年は『可能性』と『希望』の象徴である。青年の力なくしては、社会は停滞の危機にさらされる」――青年とともに革命を成し遂げた、チリの哲人政治家・エイルウィン元大統領は語っている。
 未曽有の経済危機。環境問題、政治的混乱……世界は今、新しい青年の熱と力を欲している。
 このほど就任したアメリカのオバマ新大統領は47歳。さらに、2000年以降に誕生したロシアのメドベージェフ大統領(43歳)、タイのアピシット首相(44歳)ら若き指導者は、“青年力”の一大潮流の証左であろう。
 57年前の1952年(昭和27年)2月。24歳の青年・池田名誉会長が、人類の宿命転換の闘争に躍り出た。世界192カ国・地域へと広がる創価学会の大興隆の原点、「2月闘争」である。
 当時の学会は、わずか5000世帯。各支部の折伏は1カ月で平均50世帯。いわゆる「A級支部」も100世帯が限界だった。
 戸田第2代会長の出獄の師子吼から、7年。75万世帯の願業には遠く及ばない。広宣流布は5万年もかかると言われた。その時、名誉会長が指揮を執った蒲田支部は、他を圧倒する201世帯の折伏を成し遂げたのである。
 名誉会長はなぜ、勝ったのか。当時の本紙は、その総括を“戸田会長に対する求道心と、折伏の成果が比例している”と報じている。師に体当たりでぶつかった分だけ、戦いの結果も出たのだ。
 「2月闘争」の勝利は、誰よりも師を求め続けた一人の青年なくして、ありえなかった。師の正義を叫ぶ青年の闘争が、地域・社会・家庭を変え、人々の生命に勇気と希望の炎を点したのだ。
 「2月闘争」とは「青年闘争」の異名といえよう。今、名誉会長が語る「私と青年部の魂の間には、何の夾雑物もない。一対一で結ばれている。私は青年を信ずる」との熱き魂は、全世界の青年に漲っている。
 インド・創価池田女子大学のクマナン議長が「先生、先生と叫ぶ青年の熱に圧倒された」と、躍動するSGIの友を讃えるなど、創価の青年の動向には熱き視線が注がれている。
 今こそ、新たな時代を開く、21世紀の「2月闘争」の時である。寒風のなか、われら“青年学会”の大行進で、世間をあっと言わせる「青年勝利」「師弟勝利」の歴史を創りたい。


2009-1-28 聖教新聞社説
 
 
posted by 元 at 14:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 2月闘争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

信心の究極とは

 「御書に『大難来たれども憶持不忘の人は希なるなり』とありますが、これは、どんな大難が来ても憶持不忘、すなわち恐れないで、大聖人の仰せの通りに、ご本尊を忘れないで修行しきっていく人は少ない、と仰せなのです。もう、これだけ知っていればいいのです、信心は。これだけなのです。
 悪いことがあればあるほど、その時こそ大功徳を受けるチャンスなのです。これさえ覚えていればいいのです。あとは枝葉です。信心の究極はここなのです」
 学会は、永遠に「御書」が根本である。「師弟」が根本である。
 3月17日夜、総務は日記に記した。
 「御書をはきちがえた、自己中心主義の、幹部がいるのに頭痛あり。 指導者は、絶対に頑迷と偏狭であってはならぬ。後輩が可哀想でならない。恩師の指導・訓練が、もう消えたのか、と怒りたい」


2007-3 大白蓮華 No686 「総務」奔走B


 家にある昔の大百蓮華をペラペラ捲っていて目に入り心を打ちぬかれたページでした。当時の私はスルーしていたとおもいます。しかし、今、は違いました。当時にくらべて格段に意識が違うことを実感いたしました。大聖人の教え通り、先生の教え通りできるかどうか。これが人生に勝利できるかどうかの境目だとおもいます。この素晴らしい御書や先生の指導がどれだけありがたいことなのか深く深く感じたい。
 そして、祈り戦ってこそ御書や先生のご指導の意味が理解できるとおもいます。絶対にずれた幹部にはなるまいと固く決意しました。
posted by 元 at 00:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 信心の姿勢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月27日

信仰者のライフスタイル

 信仰とは、生涯かけて深めていくものです。

(中略)

 私達創価の同志もまた、自己現実と社会貢献と人生勝利というテーマを掲げて前進しています。
 十代から青年期にかけての信仰は、自身の使命に目覚め、自身を鍛えていくことが中心となる。いわば「自覚と鍛錬」の時代であるといえます。
 この時期は、自身の「使命」を自覚することによって、才能の芽が急速に伸びる。「決意」をあらたにした青年の成長は、まことに目覚しい。
 私も19歳の時に戸田先生に出会い、約10年間にわたって師の薫陶を受けきった。今年で入信60年。私の人生の一切の骨格は、すべて戸田先生と不二で歩んだ青年期に築きあげたものです。
 次は、壮年部・婦人部の世代です。社会的に言えば、いわゆる定年前後までの年代となります。
 未来部・青年部が「自覚と鍛錬」の世代であるとすれば、この年代は、「実行と実証」の時代といえます。社会や家庭・地域で、自身の信仰の実証を示していく時代です。自身の使命や社会的責任を果たし抜いて、社会や地域に思う存分、信仰の底力を発揮しゆく時であります。
 そして、次の世代、すなわち「多宝会」「宝寿会」「錦宝会」の世代です。いよいよ、一生成仏という人生の真の目的に向かって、信仰の輝きが内面から煌めいていく時代であるといえます。いわば「成熟と歓喜」の世代であると言えるでしょう。


2007-2 大白蓮華 No685


 私は35才で入会しました。先生のもとで3年薫陶をうけています。まだまだこれからです。「自覚と鍛錬」を胸に訓練を受けきっていきたい。
 ここに書かれていることを読んで、10年後、20年後と一生続くこの偉大な信仰の道のりを一歩づつ着実に生涯不退転で真の幸せをあじわいたい。
 ゆくべき道を眺め、目の前の一瞬一瞬に力を注ぎ確かな一歩を勇気を持って前進し勝利しゆく自分でありたい。
posted by 元 at 00:51| Comment(4) | TrackBack(0) | 信仰 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月26日

一代聖教大意

問う諸経の如きは或は菩薩の為或は人天の為或は声聞縁覚の為機に随つて法門もかわり益もかわる此の経は何なる人の為ぞや、答う此の経は相伝に有らざれば知り難し所詮悪人善人有智無智有戒無戒男子女子四趣八部総じて十界の衆生の為なり
(御書P398)


(通解)
質問する。法華経以外の経は或いは菩薩のために説かれ、或いは人界天界の衆生のために説かれ、また或いは声聞縁覚のために説かれ、機根に従って教えの内容も変わり、その功徳もそれぞれ違う。一体、この法華経はどんな人のために説かれたのであろうか。
答えて云う。この法華経については相伝でなくては知ることが難しい。
その上で答えるならば、悪人・善人・智慧のある者・無い者・男子・女子・地獄餓鬼畜生修羅の四悪趣の者・法華経序品に出てくる八部の雑衆・総じていうなら十界の衆生全てのために説かれたのである

*通解は下記のサイトより転載いたしました。
http://checkd.at.infoseek.co.jp/index.htm


 法華経は全ての人々に説かれたありがたいものです。その法華経を純粋に継承している創価学会に縁することができた私は幸せ者です。
posted by 元 at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 御書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月24日

名字の言 

 若き池田名誉会長が、事実無根の冤罪で不当逮捕された「大阪事件」。あす25日は、昭和37年(1962年)に、その「無罪判決」が下った日である▼法廷闘争が始まって間もなく、居ても立ってもいられず、ある婦人部員は裁判所へ足を運んだ。傍聴席から見る師の姿は、いつもと変わらない。威風堂々。右往左往する自身の心を恥じ、再び広布拡大に走り始める▼4年半、84回に及ぶ公判。その間、卑劣な権力への怒り、悔しさに何度、涙を流したことか。そして手にした勝利。「無罪」の一報を耳にした、その婦人は誓った。“負けて泣くより、勝って泣こう!”▼「今でも法廷での先生の姿が、まぶたから離れません」。婦人は師を思うと、「戦う魂」がわき上がるという。昨年も名誉会長の著作を通し、師の偉大さを友人に語り抜いた。今年で99歳。師を語るほどに目は輝き、表情は生き生きとしてくる。「師弟」に生き抜く人は若々しい。婦人の姿を通して、あらためて確信した▼名誉会長の随筆に「創価とは、不滅の精神の価値の創造である。この創価の師弟に生き抜く人生は、永遠に若々しい」と。青年は年齢では決まらない。師と共に前進する気概が燃えている限り、その人は永遠に青年である。(芯)

2009-1-24 聖教新聞 名字の言
posted by 元 at 17:01| Comment(2) | TrackBack(0) | 大阪事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

国会戦略は? 民主動揺 不透明資金 山岡国対委員長

 民主党の国会対策の司令塔である山岡賢次国対委員長の不透明な資金問題が23日浮上し、党内に動揺が走った。与党側が攻撃を強める余地もあり、今国会の主戦場となる平成21年度予算案の審議を目前に控え、出ばなをくじかれた形だ。山岡氏自身は「問題ない」として乗り切る姿勢をみせているが、説明責任を十分に果たしているとはいえないのは事実。小沢一郎代表の側近だけに、この問題の行方が党に打撃を与える可能性は捨てきれない。

2009-1-24(産経新聞)


http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/political_fund/?1232774439

各政党でこういった問題を起こす悪議員率を調べていただきたいとおもいます。民主はかなり多いのでは?
posted by 元 at 16:54| Comment(0) | TrackBack(3) | 政治 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

尊敬する大先輩

 私が入会当時大変お世話になった地区婦人部長がある日の聖教新聞に掲載されました。それを紹介します。


 青年の大活躍に期待

 愛知県知多半島で、1年以上も購読されている高齢のご夫妻。すでに他界した父の戦友と、そのご夫人です。
 私は昨年、ご夫婦の元を訪ね、父との交流に感謝を。地域の配達員さんも交え、和やかに語り合いました。
 ある日、紙面に南知多町の友の写真が掲載されると、ご夫婦から手紙が届きました。
 「聖教新聞に小生の全く知らなかった世界がありました。青年に重点を置いた育成は、近い将来、必ず花開くと確信します。素晴らしい指導者に巡り会えた青年たちの活躍を、新聞を通して拝見させていただきます」と。
 このご期待に応えるべく、私も人間革命をして皆に信頼されるよう成長していきます。



 私が入会当初、よく来ていただき、私の話をよく聞いてくださいました。男子部からの会合の誘いはなく、入会して妻から勤行と座談会、本幹の参加だけ言われたのでそれだけしかしていませんでした。
 初めての座談会でその婦人部長から、そろそろ「学会宣言」してみてはいかがですか?と言われました。 内心そんな事言われても・・・と思いましたが、言われてみたら「そうだよな」と思い、厳しい父に学会宣言するきっかけになったのです。
 初めての折伏の現場をもつことになったのもこの婦人部長がきっかけでした。初めての新聞啓蒙もそうです。
 この婦人部長の行動、振る舞いから信心を学んだといっても過言ではありません。師弟を教わったのもこの婦人部長です。
 後で知ったことですが、私の妻もこの婦人部長が来てから、新聞配達するようになり、そして私の入会につながったのです。
 私の地区でこの年、旦那未入会の世帯で私ともう一人入会しています。この偉大な婦人部長の一念で変わったと思います。
 この婦人部長は私が少しだけ信心をやっただけで万遍の笑みで褒めてくれます。本当に嬉しそうに喜んでくれるのです。その笑顔がみたくて頑張りました。ありがたいです。私は恵まれています。私にとって最高で最大の良縁です。
 この信心の基礎を教えていただいたこの婦人部長には絶大な感謝の念しかありません。この恩は絶対にお返しいたします。
 
posted by 元 at 00:56| Comment(4) | TrackBack(0) | 尊敬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月23日

池田名誉会長 御書と師弟 第5回 「凡夫即極」の人間学

我ら“民衆学会”を世界が賛嘆



「庶民こそ偉大!」の大宣言


 もう四十年ほど前でしょうか。ある著名な評論家と会った折のことです。先方からは延々と自己紹介がありました。名門の家柄であること、有名大学の出身であること・・・。
 私は一言だけ申し上げました。
 「私は戸田城聖先生の直弟子です。これが最高の誇りです」
 日蓮仏法は、全民衆を照らす「太陽の仏法」です。
 創価学会は、この大仏法を広宣流布しゆく「民衆の教団」です。庶民を守り、庶民を励まし、庶民の底力を引き出して、大きく社会を変えてきました。
 民衆の力ほど強いものはありません。
 今、大変な経済危機にある社会も、庶民を最大に励まし、心を奮い立たせることによって、必ず未来への活路を開くことができる。
 政治にせよ、経済にせよ、指導者達が、庶民への「感謝」と「献身」に徹していけば、社会は必ず良くなります。
 反対に、庶民の力を生かせない社会は必ず行き詰ります。
 「地位」や「学歴」を鼻にかけて、庶民を見下し、利用し、犠牲にするようであれば、社会の闇は深まるばかりでしょう。日蓮大聖人の仏法は、こうした傲慢と虚栄と差別の風潮を真っ向から諌め正す「人間主義」「民衆主義」の大哲学です。
 今回、拝読する「諸法実相抄」の御文は、凡夫こそ最も尊い仏である
という「凡夫即極」の哲理を示された重要な御聖訓です。
 「釈迦仏は我れ等衆生のためには主師親の三徳を備へ給うと思ひしに、さにては候はず返つて仏に三徳をかふらせ奉るは凡夫なり」(御書P1358)
 釈迦仏が我ら衆生を成仏に導くために主師親の三徳を具えられていると思っていたが、そうではない。反対に、仏に三徳を被らせているのは凡夫である − 。仏の偉大な徳も、凡夫がいればこそ輝くのだ、との仰せです。
 すごい御金言です。「権威のための宗教」を「人間のための宗教」に一大転換させた、人類史に燦たる人間主義の大師子吼です。




宗教革命の勝利劇


 ここでいう凡夫とは、大聖人御自身の御事です。大聖人は、一人の凡夫として一身に大難を受けながら、法華経の経文を身で読まれ、仏の金言が真実であることを証明されました。
 大聖人の御境涯そのものが、「凡夫即極」を示された宗教革命の偉大な勝利劇であられたのです。
 そして、この大聖人の連なって立ち上がり、妙法を唱え弘める門下もまた「凡夫即極」の実践者となることは、御聖訓に照らして絶対に間違いありません。
 本来、仏教は「人間釈尊」から出発した教えであった。それがいつしか、色相荘厳の仏とされ、それを聖職者らが自分達の権威づけに利用し、民衆と隔絶してしまった。この仏教の歴史を大逆転したのが、大聖人の「凡夫即極」の法門です。
 仏に照らされて衆生が輝くのではない。むしろ凡夫こそが、仏を仏たらしめている“主役”なのだ − このように「仏と凡夫」の考え方を逆転させたのです。
 その裏づけとなるのが「諸法実相抄」という甚深の法理です。
 本抄の冒頭では、「諸法」(あらゆる存在・現象)はことごとく「実証」(真実の姿)であるとして、一切の現象は「一法ものこさず妙法蓮華経のすがた」(御書P1358)であると説かれています。
 宇宙の森羅万象、ありとあらゆる事象が「妙法」の現れである − 。ゆえに、その実相である「妙法」そのものを唱え弘めゆく凡夫こそ、最極の法に生きる尊貴な仏なのであります。
 大聖人は本抄で、凡夫こそ「本仏」であると力強く仰せです。凡夫は妙法の当体(体の仏)だからです。
 これに対し、経典説かれるさまざまな仏は、すべて妙法の働きを示した姿(用の仏)であり、「迹仏」(仮の仏)にすぎないとされています。



万人に仏の生命が


 大宇宙の不変の法である妙法蓮華経という仏の大生命は、万人の中に実在します。このことに気付き、強い信心で、自らの生命を開き顕していけるかどうか。「仏」と「凡夫」の違いといっても、結局は、ただのこの一点だけなのです。
 戸田先生は言われました。
 「成仏とは、仏になる、仏になろうとすることではない。大聖人の凡夫即極、諸法実相のお言葉を、素直に信じ奉って、この身このままが、永遠の昔より未来に向かって仏であると覚悟することである」
 人間は、人間以上に偉くはなれない。人間以上の特別な存在になる必要もない。人間が人間として、最も人間らしく光り輝いていく。これが一番、大事な事ではないのでしょうか。
 こうした「諸法実相」の法門を究めるならば、庶民を尊敬する人間哲学に帰着する。これが「凡夫即極」の人間学です。
 私もこの精神を胸に、庶民の一人として、庶民とともに、徹して庶民のために、戦い抜いてきました。
 戸田先生は「本物の人間でなければ広宣流布はできない」と言われました。格好ではない。妙法を弘めるために行動し、広宣流布のために苦労して戦い、民衆の幸福のために貢献している人こそ、人間として最も高貴である。どんな大学者もどんな大権力者も絶対に敵わない。
 学歴も肩書きもない、無名にして尊極な庶民が築いてきたからこそ、学会は崇高なのです。
 インドの詩聖タゴールは、「人間の歴史は 虐げられた者の勝利を忍耐強く待っている」と歌った。
 最もいじめられ、苦しんできた庶民が強くなり、勝ち栄え、人間尊厳の社会を創っていく。その新時代に入ったのです。




「民の子」の誇りで


 日蓮大聖人は、「民の子」であると言い切っておられた。
 「日蓮は中国・都の者にもあらず・辺国の将軍等の子息にもあらず・遠国の者・民が子」(御書P1332)、「日蓮は安房の国・東条片海の石中の賤民が子なり」(御書P883)等と仰せです。
 日蓮仏法は貴族仏法ではない。どこまでも民衆仏教です。
 牧口先生は、ご自身を「素と之れ荒浜の一寒民」と言われた。戸田先生も「私も北海道の貧乏な漁師の倅だよ」「それを何よりも誇りとしているのだ」とおっしゃっていました。
 私も、大田の貧しい海苔屋の息子です。庶民であることを誉れとする心こそ、創価の三代を貫く精神なのです。




虚栄の弟子を叱咤


 虚栄は師弟を破壊する。
 大聖人の弟子の三位房は、師の慈愛と期待に包まれて、比叡山に遊学させていただいた。しかし、名聞名利の心が強い三位房は、師の深い御本意がわからなかった。京の都に上って、公家の面前で説法したことを、得意満面で、名前まで貴族風に変えて報告してきたのです。
 大聖人は烈火のごとく三位房を叱咤されます。
 「おまえは、師匠の日蓮を卑しんで、このようなことを書いてきたのか」(御書P1268、趣意)−。
 “見栄を張る人間は、必ず天魔がついて狂ってしまうのだ”“言葉も田舎なまりのままでよいのだ”“自分を見失い権威に媚びるさまは、まるでネズミがコウモリになったようで、どっちつかずの姿ではないか”と烈々と誡めておられます。
 師弟の正道を全うさせゆかんとする、厳愛の指導であられました。
 かつて、最澄(伝教大師)は他宗の者たちから「最澄未だ唐都を見ず」(御書P237)と誹謗された歴史があります。
 “最澄は、唐の都に留学していない” −名門の教えを受けていないではないか、というのです。今でいう学歴主義に通じる傲慢にして卑劣な中傷です。
 大聖人は「万里をわたて宋に入らずとも」「一代の勝劣はこれをしれるなるべし」(御書P222)−留学などしなくとも、仏法の正邪を明確に学び究めることができるのだ、と悠然と仰せです。



青年よ実力で勝て


 信心の世界には、信心の道があります。信心の志の深い人こそが尊い。学歴で重用したり、学歴がないからと軽視したりするようになってしまえば、もはや信心ではない。仏法ではない。学会ではない。恐いのは虚栄です。増上慢です。
 「ただ心こそ大切なれ」(御書1192)です。坊主でもなければ、権力者でもない。ただただ、広宣流布のため、正義のためにと、ひたぶるに信心に励む庶民こそ「無作三身」「凡夫即極」の仏様です。これが日蓮仏法の極意です。そして創価学会の永遠不滅の大精神です。
 庶民の方々が、傲岸不遜な人間たちからの嘲笑を跳ね返しながら、悩める友のために、真剣に祈り、励ましてこられた。
 「貧乏人と病人の集まり」と悪口されることも誉れとし、庶民の真実の味方となって創り上げた、平等と尊敬の人間共和の世界−これが創価学会です。
 したがって、大学を出ていないからなどと、卑下するようなことは絶対にあってはなりません。青年は「実力」です。「虚飾」ではない。「実力」で勝つことです。「智慧」と「人格」で光ることです。
 人の何倍も苦労し、実力で道を開いてきたリーダーであればこそ、多くの庶民が心から共感し、信頼するのです。
 「法自ずから弘まらず人・法を弘むる故に人法ともに尊し」(御書P856)です。信心に励む人、令法久住に尽くす人をこそ、大聖人は何よりも大事にされている。御書は、厳正にして公平です。人間性の真髄を説かれた御金言です。




「戸田大学」の卒業生


 戸田先生の事業の苦境を打開し、恩師をお護りするために、私は進学を断念しました。
 ある日ある時、大学生たちとの懇談のあと、先生は、私に言われました。
 「君も、悠々と大学へ行きたかったろうな。君の予定を全部わしが壊してしまった」
 私は即座にお答えしました。
 「とんでもありません。私は先生の側で働いているだけで最大に幸せです」
 私は栄えある「戸田大学」の卒業生です。師弟こそ「人間の大学」です。正しく強い人に学ぶことが、正しく強くなる直道です。
 学会は、人間として最高の力をつける全人格の綜合大学です。全民衆に開かれた、学びの広場です。この“民衆学会”を今や世界の知性が尊敬し、賛嘆する時代に入りました。
 私は世界からの二百五十に及ぶ名誉学術称号も、すべて「戸田大学」の卒業生として、そして庶民の代表として、拝受しております。




仏法の賢人に


 諸法実相です。戸田先生の愛弟子は勝ちました。そして、この大福徳は、私とともに戦ってくださっている幾百万の尊き庶民の皆様に、子々孫々までもおよんでいくことは間違いありません。これらは、光り輝く「信行学の勝利」であり、「庶民の栄光」の証しなのです。
 この人類の希望である創価の民衆城を守り、栄えさせるために、強靭な知性と人格をもつ一級の指導者を輩出しなくてはならない。学問を重ね、学歴がある人は、その分、正義のため、同志のために力を出しきっていくのが当然です。
 仏法の「賢人」にならなければいけない。「才能ある畜生」になってはならない。学歴を鼻にかけるような空気は、いささかも許してはならない。
 戸田先生は遺言されました。
 「学会のおかげで偉くなり、皆に守られながら、いい気になり、増上慢になって弓を引く恩知らずは厳然と追い出せ」
 そもそも大学は、大学に行けなかった人々に尽くすためにこそあります。
 “庶民が庶民を守る”ために、多くの俊英たちが「民衆のための学問」を身につけてもらいたい。友の幸福と社会の繁栄のために、各界へ勇んで躍り出てもらいたい。
 進学も、そうした本物のリーダーに育つための挑戦です。




受験生に栄光あれ


 今、全国の多くの未来部の皆さんが、受験勉強に挑んでいます。健康で、満々たる生命力を発揮して希望の春を迎えられるよう、皆で応援しお題目を送っていきましょう。受験生のいるご家族や、会場を提供してくださっているお宅にも、細心の配慮をお願いします。
 どうか、風邪などひかれませんように!私と妻も、青春の不屈の挑戦者である皆さんが一人ももれなく、悔いなき栄光の進路を、朗らかに、たくましく開いていかれるよう、真剣に祈り続けております。
 大詩人ホイットマンは、高らかに歌っている。
 「おお!様々な状況のもと、いかなる人生の天候のもとにあっても、決して挫折することなく、脇目もふらず道を歩む、かけがえのない民衆。彼ら以上に大切で、尊く、そして必要とされる人々はいないだろう」
 庶民こそ人間の王者であり、幸福と平和の博士です。戸田先生は厳として獅子吼されました。
 「庶民が強くなるとは、どういうことか?それは、わが創価学会が強くなることである!」
 仏法の人間学・生命学を、わが敬愛する同志の皆様が晴れ晴れと語りながら、「師弟の宝光」に包まれた人間勝利の大道を、胸を張って歩んでいかれることを念願してやみません。




2009-1-22 聖教新聞
posted by 元 at 02:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 池田名誉会長講義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月22日

民主・石井氏らに批判殺到 首相への「漢字テスト」

1月21日23時40分配信 産経新聞


 20日の参院予算委員会の質問で、民主党の石井一副代表が麻生太郎首相に「漢字テスト」をした直後から、石井氏や同党本部に苦情が相次いだ。

 関係者によると、21日までに電話や電子メールで寄せられた声は「経済が大変なときに税金を使って何をやっている」「何の目的があるのか」といった批判的な内容が大半。民主党支持者と名乗る人からは「そんなことで政権がとれるか」と厳しい注文がつけられたという。

 民主党本部はこの件については「答えられない」としているが、中堅議員は「失敗。党のイメージが悪くなる」と渋い表情だ。

 インターネットでも、ニュースブログサイトの「iZa(イザ)」では21日現在、このニュースに129件の意見が寄せられた。「国会でまともなことを話しなさい」「国会をバラエティー番組にしたのか」などでの内容で、「2ちゃんねる」にも同様の書き込みがあった。

 石井氏は20日の参院予算委で、首相が月刊誌に寄せた手記中から12の漢字・熟語を抜き出し「あなたの漢字力からして、誰かが書いたと思わざるを得ない」などと指摘した。


 こうなるのは当然。石井一こやつの議員の質は最低だ。政権をとるための“いちゃもん”でしかない。
posted by 元 at 10:42| Comment(1) | TrackBack(0) | 政治 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

池田会長指導

 信心の世界は、積極的に、求道精神をもって実践したときには、功徳をうけ向上していく。反対に受身の場合には、なんとなく、圧迫感や抵抗を感じて、感激がなくなり、功徳もうけられずに惰性に流されてしまう。すべて自分のためであると確信して、活動していく積極性が、真実の仏道修行である。


御書に学ぶ女性の生き方 八矢弓子編  聖教新聞社



 積極的に取り組む姿勢の難しさを感じました。惰性は、無意識にそうなっている場合があります。確認する作業が必要であり、それが日々の祈りだとおもう。祈りながら自身を見下ろす作業であり、先生に今日の一日を報告することでもあるとおもう。積極的に仏道修行をまっとうしたい。
posted by 元 at 00:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 信心の姿勢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 宗教へスカウター : 人間主義の旗を!
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。