2008年12月31日

【次期衆院選 早読みマニュアル】そこで公明党の話も大切で…

 次期衆院選を展望するために、「早読みマニュアル」と題して、衆院選に関連したデータをお届けする。
 第3回目は、選挙区と比例代表を加えた獲得議席「総数」の話。これは与野党の「勝敗ライン」とも関係する。
 マニュアル(1)と(2)で選挙区と、比例代表の数字の見方の基本をみてきた。
 今回は選挙区と比例代表を合わせた与野党の獲得議席の話。これが、自民党と民主党、どちらが政権を取るかを決める。
 グラフを見てみよう。
 マニュアル(1)でみたように、すべてを決めるのは衆院の「過半数」である241議席をどちらが取るかだ。「過半数」というのは、衆院本会議で、すべての法案を可決するのに必要な議席数だ。
 この上に「安定多数」と「絶対安定多数」という数字がある。
「過半数」よりも「安定多数」、「安定多数」より「絶対安定多数」の方が、与党にとっては、国会運営が楽になる。そのため、「過半数」だけで足りず、より多くの議席を欲しがる。
 衆院には17の常任委員会があり、その委員数は衆院選での獲得議席に比例して配分される。
 そこで「安定多数」とは、すべて常任委員会で委員の半数(過半数でなく)を確保して、なおかつ、委員会採決の際に可否同数の場合に採決権を持つ「委員長」ポストをすべて与党側で出すのに必要な議席数だ。これが252議席。
 その上を行く「絶対安定多数」とは、さらに議会運営が与党ペースになる数という意味。
 全ての常任委員会で委員の「過半数」を確保して、委員長裁決に頼らずに法案を委員会で可決させることができる数字で、それが269議席となる。
 昔はこの3つの数字だけで話は終わったが、平成17年(2005年)の前回の第44回衆院選以降は、もう一つの数字がクローズアップされてきた。それが「3分の2」、319議席という数字だ。
 衆院で自民党出身の河野洋平議長と欠員1を引くと478。この3分の2議席が319議席となる。
 衆院の3分の2の議席があると、参院で否決された法案でも、衆院で再議決することで成立させることができる。
 これが実際に使われるようになったのは、平成19年夏の第21回参院選で民主党が勝利して、参院で与野党が逆転したため、与党法案が次々と否決される事態になり、与党が衆院で法案の再議決をする必要が出てきたためだ。
 となれば…。
 次期衆院選で自民党が本当に勝利するためには、参院を民主党が押さえる現状が変わらない限り、再び、この「3分の2」の319議席を確保しなければならない。そうしないと、衆院で可決した法案が、参院で次々と否決され成立しないという事態になるからだ。
 だが、再び300議席以上を与党が占めるのは難しそうというのが一般的な見方だろう。
 さて、「3分の2」の319議席が難しいとなると、自民党側ではハードルを下げていくことになる。
 「じゃあ絶対安定多数」「いや安定多数」…。いまや、「とにかく過半数を確保したい」という声で満ちている。
 そのために必要なのが、公明党の議席数だ。
 公明党は31議席を持っており、公明党が次期衆院選でもこの議席数を守ってくれた場合には、過半数241議席には、自民党は差し引き「210議席」でもなんとか、「与党過半数」になるという算段だ。
 まあ、組織選挙の得意な公明党とはいえ、31議席が絶対確保されているかどうかは分からないので、自民党は、210議席と言わずに、もう少し上乗せしたいところだ。
 いずれにしても自民党は「210議席」あたりを最低条件にして戦わないといけないということになる。
 「勝敗ライン」という言葉がある。選挙前に党の幹部が「○○議席取りたい」などと議席数の目標を掲げて、それを下回った場合には「敗北」したと位置づける言い方だ。
選挙責任者が「責任を取る議席数」の意味合いが強いが、次の衆院選で自民党では、現実的に野党へ転落するかどうかの数字になるかもしれない。
 さて、民主党だが、こちらも簡単ではない。現状では、こちらには自民党にとっての公明党のような30議席も持っている「仲間」がいない。そのため、自民党の210議席というような議席数をとっても、過半数には足りないからだ。
 現在、選挙協力を進めている社民党と国民新党との関係が維持された場合に、社民党と国民新党で現有議席の12議席程度が見込めると想定してみよう。
 過半数の241議席から12議席を引いた「229議席」が民主党にとっては、過半数に達する「勝敗ライン」ということになりそうだ。
 無所属議員もいるので、229議席という数字はもう少し少なくても大丈夫とみられるが、自民党が210議席で「勝利」といえる可能性があるのと比べると、民主党は「229議席」は、かなりハードルが高い。自民党より20議席は多く取らないと政権がこないというイメージだ。
 政権は簡単にはころがってこない、ということだろうか。


12月31日13時23分配信 産経新聞
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太田氏支援へ自民選対 東京12区 自公協力「新モデル」?

 自民党本部と同党東京都連は30日、次期衆院選東京12区(足立区の一部と北区)に、公明党の太田昭宏代表を支援するための自民党独自の選挙対策本部を発足させる方針を固めた。古賀誠選対委員長と都連幹部らが合意した。もともと自民党は連立政権を組む友党の代表である太田氏を12区で推薦する予定だったとはいえ、他党候補用に独自の選対を設置するのは異例のことだ。

 その半面、東京の自民党候補は自らの選挙区で「比例は公明党へ」との呼びかけをせず、支援者名簿を公明党に提供しない「東京方式」の確立を目指す。

 選挙協力をめぐっては、自民党の古賀氏と公明党の北側一雄幹事長が9月に、「比例は公明」といった呼びかけを原則行わないことを確認。12月に入って、古賀氏は「小選挙区は自民、比例も自民」「180ある比例をみすみす公明に渡していいのか」などと、比例での協力のあり方を見直す考え示していた。

 この背景には、自民党にとって厳しい選挙結果が予想されるため、比例代表票を公明党に回す余裕がなくなっている事情がある。また、自民党東京都連にとっては、公明党は都議選や区議選ではライバルであるにもかかわらず、「衆院選の際に公明側に渡した支援者名簿が地方選などにも活用されている」(自民党関係者)という現場レベルの不満もあった。

 しかし、自公協力を解消するわけにもいかないため、“交換条件”として、自民党候補が出馬しない12区で太田氏を全面的に支援して自公選挙協力の象徴とする狙いのようだ。また、自民党には、この「東京方式」を全国的な自公協力のモデルとしたい思惑もありそうだ。

 ある自民党都議は「これまでと違い、われわれにも(太田氏支援に)責任がでてきた」と話している。

12月31日8時1分配信 産経新聞
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一念が強ければ人生は楽しい

 我が身中の心

 「我が身中の心を以って仏と法と浄土とを我が身より外に思い願い求むるを迷いとは云うなり」 御書P563
 担当者が解説した。「仏というも、法というも、浄土というも、わが命の中にあります。これを自分の外に求めていくことを迷いといいます」
 会長は講義を続けた。
 「『我が身中の心を以って』とありますが『我が身中』とは生命です。
 その生命といっても、煎じ詰めてみると、一念の作用になってきます。その『心』という意味です。唯心主義における『心』という意味は、まだ浅いのです。
 ここに説かれている仏法上の『心』という意味は、生命の本質、生命活動をせしめていく一念、その『心』と拝さなくてはならない」
 会長は、仏法の本質に言及した後、さらに具体的に展開した。
 「『心の外に法無きなり』 御書P561 『一身一念法界に遍し』 御書P412。 この生命といえども、煎じ詰めれば一念であると他の御文にも説かれています。確かに自分の一念が、または生命力が強ければ人生は楽しい。自分の一念が邪悪であれば、何を見ても畜生界に見えてくる。これは事実でしょう。
 月給をもらって嬉しい時には、なんとなく、見えるものすべてが浄土、天上界です。お金が一銭もない時には、何を見ても憎らしい(笑い)。ぜんぶ一身一念の作用よって変わってくる。唯心論よりも、もっと深く、もっと偉大なる宇宙の本体、生命の本質の原理を説かれているところです」

2009-1 大百蓮華 P41


 今年は信心に始まり信心に終わります。あっという間の一年でした。
 ブログという新しい挑戦もできました。創価大道の小野さんをはじめ、斧版で知り合った先輩方に大変感謝しています。
 今年最後のタイトルは『一念』です。何故『一念』なのか。それは、今年この『一念』で勝利し、また『一念』で悩んだからです。
 この大百に掲載されている先生の講義ですべて晴れました。明確かつ正しく強い一念がなければ、自分の弱い心や縁によって紛動されてしまいます。来年の「青年・勝利の年」と銘打ってくだされたこの年の根本である私の『一念』は、「師匠と共に広宣流布」です。絶対に揺るがない強き一念で勝負し、絶対勝利の大確信で前進してまいります。

 最後に私のブログに訪れてくださった、皆様の幸せと益々の発展をご祈念いたします。ありがとうございました!
posted by 元 at 02:16| Comment(2) | TrackBack(0) | 一念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

急告 あの山崎正友が急死

【『フェイク』第990号 2008-12-30】

 山崎正友が12月29日午後4時半過ぎに急死した。この日午後、神奈川県厚木市愛名の自宅で倒れ、東海大学病院に緊急搬送されて救命救急センターで治療を受けたが、その甲斐もなく息を引き取った。享年72歳。遺体は変死者として扱われ、警察で検屍されたということである。
 通夜・告別式などの日程は未定だが、年末年始の火葬場の都合などを考えると、直ぐに荼毘に付すことも出来ないようだ。仏法上でも、社会的にも空前絶後の極悪人にふさわしく、死後も象徴的な厳しい仏罰の醜態を晒すことになる。
 山崎は、これまで何度も死にかけたことはあるが、第一次宗門事件で陰謀の片棒を担いだ原島嵩が7月6日に全身から悪臭を放って死亡した後を追うように半年を経ずして無間地獄に堕ちたのである。
 山崎はC型肝炎から肝硬変を患い、糖尿病を併発して腎不全になり、人工透析を続けていた。晩年は裁判地獄に陥って負け続け、今月25日にも北林芳典氏(報恩社社長)に訴えられていた件で、東京高裁において敗訴したばかりだ。
 最近では痩せ細って首筋の肉も落ち、体力は衰えて、裁判所にも女房の運転する車で通っていたが、遂に悪運が尽きたのである。
 山崎の犯罪、悪事を挙げると巨額の詐欺罪、商法違反、手形法違反罪、富士宮市議の殺人依頼、創価学園の撹乱等々、枚挙に暇がないが、何と言っても代表的な犯行は実刑判決を受けた恐喝と恐喝未遂事件である。
 昭和60年3月26日、東京地裁刑事第三部の吉丸真裁判長は、山崎に対して「被告人を懲役3年に処する。未決勾留日数中120日を右刑に参入する。訴訟費用は全部被告人の負担とする」との厳しい判決を言い渡した。この第一審判決から六年後の平成三年一月、最高裁の上告棄却の判決をもって山崎の刑が確定。2月25日に東京拘置所に収監されたのであった。

創価大道より転載
http://d.hatena.ne.jp/sokaodo/20081230/p2
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2008年12月30日

新世紀 35

 誠実な心、誠実の対話――そこに、友好の信義の絆が生まれる。人間主義とは、誠実を貫く、人間の王道のなかにある。

2008-12-29 新人間革命 新世紀35


 友人と誠実な対話を展開しています。友人の幸せを祈りつつ、共に成長し共に歩んでいきたい。
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2008年12月29日

首相に適任、小沢氏17%でトップ 麻生氏7% 日経世論調査

 「これからの首相にふさわしい人」を聞いたところ、民主党の小沢一郎代表が17%でトップとなった。麻生太郎首相は7%にとどまった。小沢氏は民主支持層の35%に加え、自民支持層の5%、無党派層の13%が支持した。次点は自民党の石原伸晃幹事長代理の11%で、自民支持層の19%、無党派層の10%が名前を挙げた。

 麻生首相と答えたのは自民支持層の19%で、石原氏と同率。無党派層では1%にとどまった。首相と並ぶ4位は小池百合子元防衛相で、公明支持層の21%が支持したが、自民支持層は9%だった。

2008-12-29 日経ネット


 麻生は人気がた落ちですね。自民党は次期選挙で大敗は必至。かといって民主自体それほど人気があるわけでもない。自民以外でしょうがなくということでしょう。今、国民に問われていると思う。本当の政治とはどうあるべきかを。
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広布第二幕 男子部指針

男は師子の如く 

男は師子となりて走れ

男の怒りは獅子吼なり

師匠が師子ならば

弟子も師子

師子一体 師子奮迅


2008-3-5 第六回全国青年部幹部会


 先生から頂いた男子部の指針です。この指針を命に刻み込まねばならない。師匠の御心に弟子の私たちがどうかたえるかが大切である。
 私は師匠から褒めていただけるよう結果をだします。生活での実証、信心での実証、心の中の実証での結果を必ず報告いたします。
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師弟

各部代表者会議での名誉会長のスピーチ 上

 私の中には、いつも戸田先生がおられる。だから、どんな迫害にも負けなかった。
 師弟とは、人間の究極の道である。命がけの決心でなければ、継ぐことは出来ない。
 勇気があるのか、正義が燃えているのか、分からない ― そんな中途半端な姿ではいけない。
 観念ではない。明確な「行動」がなければならない。
 小さな自分をなげうって、人生の最後の瞬間まで、師匠の正義を叫び、大恩にむくいていく ― これが弟子の道である。
 今、新しい創価学会を築く時である。
 後継のリーダーは「師弟なくして仏法はない」という一点を、わが生命に刻みつけていただきたい。

2008-12-28 聖教新聞


 最近、先生のお言葉が一つ一つ重く心に突き刺さります。自分に足りないものを明確に示していただけます。厳しい言葉であり、ありがたい言葉であります。ここに示された「師弟」は壮絶なものを感じてなりません。先生は今覚悟を問われているように思います。その覚悟をできるかどうかを。
 ここに書かれていることができないのでは、本門の弟子ではないと思います。命をなげうてる自分になるべく、訓練を受け切ってまいります。先生の言葉を「はい」の二字でこたえます。
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2008年12月28日

定額給付金、分離要求を拒否=河村官房長官

 河村建夫官房長官は28日、山口市で記者会見し、民主党が2008年度第2次補正予算案から定額給付金に関する部分を切り離すよう求めていることについて、「内需拡大の一環として総合的に出している。家計の中では織り込み済みで、これを廃案にするもくろみに乗るわけにいかない」と述べ、応じられないとの考えを強調した。 

2008-12-28 時事通信


何度も言っているが、今庶民の生活で苦しんでいる人々は多いと思う。 民主党の議員の耳には庶民の苦しみの声が届いていないらしい。特に子供がいる家庭にはとってはどれだけ助かることか。景気対策の一環だけではないのです。国民の声をもっと聞くべきだ。
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今日の名字の言

▼御聖訓には「一日の命は全宇宙の宝よりも尊い」(御書986ページ、趣意)と。では、この尊い命を何のために使うべきか。仏法では、法のため、人のため、社会のために使うところに、最高に価値ある人生が生まれると説く。日々の学会活動が、まさに、それに当たる▼友と会い、語り、励ます毎日が、いかに、わが生命を福徳で輝かせるか胸に刻み、広宣流布の活動に勇んで進みたい。

2008-12-28 聖教新聞


 生命は誰もが持っているものです。その生命の中に仏があります。その仏性を湧現しゆくことが誰にもできるのです。心の中の仏性を輝かせたい!
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迷ったときは出発点にもどれ

 初代会長・牧口先生は、よく「迷ったときは出発点にもどれ」と言われた。何かあったら、私どもは、つねに「信心」に戻っていくことだ。戸田先生の言葉を、続けてご紹介したい。師の言葉は、すべて遺言である。「青年としての特徴は、情熱と思索だ。それがあれば年を取らないのだ」「信・行・学は、われわれ信者が欠かしてはならない条件である。そして折伏は、広宣流布を誓った人間の必須条件である。日蓮大聖人は、一生、折伏されたのである」「幹部は指導力がなくてはならぬ。それには教学をきっちりと身につけることだ。そして御本尊には絶対に功徳があるという確信に立って、いかにして人材を養成するかを心がけねばならない」
 青年部に ― 。「妙法という偉大な哲学に目覚めた、正真正銘の社会の指導者に成長し、思う存分に活躍してもらいたい。これが、乱れきった末法における民衆救済の大道なのである」。社会を変え、民衆を救うのは、青年である。
 戸田先生は、若き日の日記に綴られた。
 「戦闘準備なり。開始せば死を賭して健闘し、天下に獅子吼せよ」
 我らもまた、この若き日の先生の気迫で進んでまいりたい。いったん戦うと決めた以上、師子のごとく戦い、勝たねばならない。
 今、皆さんは、日々、真剣に折伏に挑戦されている。牧口先生は、こう言っておられる。
 「折伏は、どこまでも相手を救っていく厳然たる態度を忘れはならない」
2007-11-28 第三回全国青年部幹部会


 私は自分の心の中にある汚い生命に気づき迷いました。それは、自分自身を見つめ疑う所からはいりました。以前「自己の心性を観じていくとは、自身を見下ろすことなのでしょうか」とコメントいたしました。そこから、自身の深いところまで色々思索してみたのです。
 だからこそ、本当にこの信心でこの信心で迷いを断とうと思いました。「信・行・学」を徹底的に学び行動し信じ抜いていきたい。
 折伏しかないと、今週は3人に対話し、1人は現場を持ちました。大学校生と共に戦っています。原点に返り新たなスタートをきって自他共の幸福を勝ち取ります!
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2008年12月27日

渡辺元行革相は自民離党を=公明・高木氏

 公明党の高木陽介選対委員長は27日午前のTBS番組で、先の臨時国会で民主党提出の衆院解散要求決議案に賛成した自民党の渡辺喜美元行政改革担当相について「離党すればいい。意見が違うのになぜ自民党にいるのだろう」と述べ、強く批判した。

2008-12-27 時事通信


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新人間革命 新世紀34

「“生涯青春”であらねばならぬという考え方は、老いも、若きも持たなければならぬと思います」と賛同し、さらに、こうつづった。
 「青春の姿勢を、死の瞬間まで崩すべきではないでありましょう。しかし、こうしたことは、一朝一夕にできることではなく、青壮年期をそうした姿勢で貫いて来て初めて、老いてもなお、それを望み得ることであるに違いないと思います。
 私もまた“生涯青春”を心掛けようと思いますし、実際にまた心掛けて来ております」


2008-12-26 聖教新聞 新人間革命


生涯青年をめざします!
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渡辺元行革相の処分「手ぬるい」、自民県連幹部が会議で不満 激震・麻生政権

 自民党の地方組織の代表が集まる全国幹事長・政調会長会議が26日、都内のホテルで開かれた。

 麻生首相が予定時間を大幅にオーバーして景気・雇用対策を説明したため、質疑応答は時間切れで取りやめとなり、内閣支持率急落を受け、不満が募る地方組織のガス抜きの場とはならなかった。

 会議冒頭のあいさつで、首相は「地方あっての、地方組織あっての自民党です」と述べたうえで、党則を改正し、全国幹事長会議を党の正式機関に位置づける方針を表明した。景気対策などの説明は予定より10分以上超過し、約30分もかけた。

 首相が入念な対応をしたのには理由がある。

 党内の中堅、若手の国会議員から政権運営に対する批判が相次ぐ中、地方組織は、今も首相への期待や同情が比較的強いとみられ、首相にとって「大事な政権基盤」(首相周辺)だからだ。

 実際、都道府県連の中には、首相を批判する議員の処罰や党内結束を求める文書を提出する動きも多く、26日には党埼玉県議団約40人が首相官邸に首相を訪ね、激励した。

 一方、県連幹部からは、衆院本会議で民主党提出の衆院解散要求決議案に賛成した渡辺喜美・元行政改革相への批判が多く聞かれた。

 渡辺氏の地元、栃木県連の幹部は首相や細田幹事長らを回り、今回の造反をわびた。首相は笑うだけで、何も答えなかったという。

 渡辺氏を戒告処分とした細田幹事長の判断に対し、竹内資浩・徳島県連幹事長は記者団に、「造反議員にはもっと毅然(きぜん)とした態度を取るべきだ。手ぬるいことをしていたのでは組織はやっていけない」と強調した。

 党本部に対し、こうした思いをぶつける機会がなくなったことには不満が残ったようだ。沖縄県連の翁長政俊幹事長は会議後、「各県連は色々と首相にもの申したいと思っていた。とても残念だ」と記者団に語った。

2008-12-26 読売新聞
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2008年12月26日

解散要求決議案「私が出そうと」 渡辺氏、民主・鳩山氏に

 民主党の鳩山由紀夫幹事長は25日夜、札幌市内で講演し、同党提出の衆院解散要求決議案に賛成した自民党の渡辺喜美氏が電話で「私が出そうと思っていた決議案だ」と語ったことを明らかにした。

 24日の衆院本会議での採決直後、鳩山氏から電話した。鳩山氏は講演で「頼もしい男だなと感じた。自民党政権ががけ崩れを起こして崩れかけている」と述べた。

2008-12-26 日経ネット

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2008年12月25日

第3回 御義口伝と青年

池田名誉会長講義 御書と師弟

第3回 御義口伝と青年


 「大作、いいか。絶対に命に刻んでおけ。学会の闘士は、この御聖訓をわすれるな!」
 今回は、入信の直後、わが師匠・戸田城聖先生から、烈々たる気迫で魂に打ち込んでいただいた御金言を共々に拝したい。
 法華経の涌出品第15には「昼夜に常に精進す 仏道を求めんが為の故に」(法華経466ページ)と説かれております。
 これは、大地より出現した無量千万億の地涌の菩薩が、無数劫という過去から、師匠である仏の智慧を習い修めてきた。その修行の姿を説いた経文です。
 地涌の菩薩は、無量の長い時間、昼夜を問わず一心に「師弟の道」を
精進し、巍々堂々たる境涯を開いたのである。この法華経の一文を受けられて、日蓮大聖人は仰せになられました。
 「一念に億劫の辛労尽くせば本来無作の三身念念に起こるなり所謂南妙法蓮華経は精進行なり」(御書P790)
 すなわち、今、末法の我々は、この瞬間瞬間の生命の内に億劫の辛労を尽くしゆくのだ。それが南妙法蓮華経の唱題行なのである、との御文です。
 それまでの仏道修行は、「無量劫」という想像を絶する長遠な時間をかけて行わねばならないとされてきました。そうではなく、南妙法蓮華経と唱えることによって、わが「一念」に「本来無作の三身」、すなわち、もともと(本来)自分自身に具わっている、ありのまま(無作)の仏の生命を湧き上がらせることができる。
 いわば、永遠を一瞬に凝結して行ずる修行が、私たちの唱題行なのです。



胸中の仏の大生命
 「三身」とは、仏の生命の三つの側面であり、端的に言えば「仏身(真理)」「報身(智慧)」「応身(慈悲)」です。この三身がそろった完全な大生命が、他のどこでもない、わが胸中から湧き起こってくるのです。
 どれほど素晴らしい妙法の功力であり、どれほど深遠な法理であり、どれほど荘厳な私たちの仏道修行でありましょうか。
 凡夫である私たち自身の内に尊極の仏の生命が厳然と具わっている ― この仰せは、仏法の人間主義の精髄です。
 古今東西、権威の聖職者らが民衆を見下し、抑圧してきたのが、多くの宗教の悲劇の歴史です。「御義口伝」は、こうした人間蔑視、民衆蔑視の宗教に対する挑戦であり、高らかな勝利宣言とも拝察されます。
 「一念に億劫の辛労を尽くせば」 ― 私は若きより、この「御義口伝」を身で拝しきる覚悟で、戸田先生の弟子としての戦闘を貫いてきました。
 広宣流布の大師匠であられる戸田先生をお護りし、その構想を一つ一つ実現するために、一念に億劫の辛労を尽くすのだ、と誓願していたのであります。



今の「一念」が勝負

私が先生にお仕えしたのは十年間です。しかし、そこには百年、いな千年にも匹敵する師弟の歴史が刻まれました。
 「南妙法蓮華経は精進行なり」 ― 甚深の仰せであります。
 精進の「精」とは「無雑」。混じりけのない信心です。「進」とは「無間」。絶え間ない前進です。この純一にして不退の「行」に励みゆくことが、私たちの成仏への直道なのです。
 私たちにとって、広宣流布のために苦労しながら、前へ前へ進んでいくことは、すべて「億劫の辛労」に通じていきます。
 今の「一念」が勝利を決する。ロシアの大文豪トルストイも、「今に生きること、つまり、今、最高の行動することこそが賢明である」と語った。真剣の一念が未来を開きます。
 「一念」は見えない。しかし、それは行動となって現れる。「賢者は喜び愚者は退く」(御書 P1091)と仰せの如く、試練にも喜び勇んで挑む一念。これが「信心」です。その勇敢な前進の原動力が「題目」です。
 誰しも苦しみや悩みはある。経済苦や病苦もある。けれども、妙法を唱え、広宣流布へ進む人は、自分自身が仏の生命となる。いかなる苦難も乗り越え、勝ち越えゆく仏の智慧と力を、わが命から引き出すことができる。その戦いの中で、わが一念は、真金の如く強くなり、深まっていくのです。



「素晴らしい悩み」

 戸田先生は、よく言われました。「お金がなくて悩む。体が弱くて悩む。悩みは多次元にわたって時々刻々と起こってくる。その中にあって、法を弘めようとして悩む。人々を幸福にしようとして悩む。正しき信心に立って、法のため、人のため、広宣流布のために悩む、ということは、最大の素晴らしい悩みである」と。
 師弟の大願を掲げて行動する、その一瞬一瞬の生命に、仏と等しい生命が「念念に」溢れてくるのです。
 「月月日日」に強く励みゆく学会活動にこそ、現代の精進行にほかなりません。わが同志の皆さんこそ、「本来無作の三身」の大生命を「念念に」躍動させて戦う尊貴な地涌の菩薩です。
 「我らは、二十一世紀の精進行の大英雄なり」と、胸を張って勇敢に今日も一歩前進していきましょう!

 「御義口伝」は、日蓮大聖人が法華経の要文を講義された御口授(口伝)の筆記です。日興上人が綴り残され、大聖人に御允可をいただいたと伝えられる、真髄の法門です。
 この法華経の御講義は、大聖人が身延に入られてからの数年間にわたり行われました。大聖人は、あらゆる大難に打ち勝たれ、悠然たる勝利の御境涯で、末法万年のため、後継の育成に全魂を注がれていたのです。



若師子の大法戦

 数多くの門下の中で、日興上人の闘争力は抜きん出ておられました。大聖人が御年五十三歳で身延に入山された時、日興上人は二十九歳であられた。日興上人は、駿河(現在の静岡)を拠点として、大聖人のおられる甲斐(現在の山梨)までの一帯 ― いわば師匠する「本陣」で颯爽と指揮を執り、弘教を展開された。そして、後に教団の中核になる青年門下を続々と育てていかれたのです。
 権力者や邪法の悪僧らは、大聖人の厳然たる師子王の御姿に恐れおののいていた。ゆえに“弟子を狙え!”と矛先を変え、日興上人とその後進たちも“標的”とされた。謀略によって追放された弟子門下もいたのです。
 あの「熱原の法難」は、「御義口伝」を講義されている時代に起こりました。その熾烈な弾圧との戦いの矢面に、若師子・日興上人は立たれたのです。師であられる大聖人が、尽未来際に向けて法華経の極理を講義される中で、弟子の日興上人は、破邪顕正のために「億劫の辛労」を尽くしておられた。
 師匠も戦う。それにもまして弟子が戦う。この不二の熱闘の中で、永遠不滅の法門が脈動し、正義の血脈、勝利の血脈が流れ通っていくのです。師匠をお護りし、広布の地盤を広げる拡大戦。襲い来る魔軍との攻防戦。日興上人は、この闘争の状況を逐一、大聖人にご報告し、次の前進への御指南を仰がれました。戦いは、ひたぶるに師を求め、師と呼吸を合わせる電光石火の往来の中で勝ち開かれたのです。
 それは、弟子たちが勇んで師のもとに集い、団結を固め、再び戦場に赴くための会議でもあったに違いありません。いわば絶対勝利への“協議会”であり、“幹部会”であったといってよい。
 日興上人は、命を賭しての闘争に身を置かれながら、師の講義を完璧に後世に伝えようとされた。万年の民衆救済へ、遺言の思いで講義なされる師匠。その教えを一言一句も違えず心肝に染め、権力の魔性と戦い抜く覚悟の弟子。あまりにも厳粛でした。その志は、他の五老僧とは天地雲泥であった。
 だからこそ、師の正義と真実を余すところなく残すことができた。「御義口伝」は、まさに師弟不二の勝利の劇の結晶なのです。
 歴史は、人間と人間が創る。その究極が師弟です。
 師とともに「精進行」に打ち込める人生は、最高に幸福です。それ自体が不滅の光を放つ栄光の一日一日なのです。



戸田先生の講義

 戸田先生は、師・牧口先生にお供され、命がけの獄中闘争で仏法の真髄を悟達なされた。学者でも、聖職者でもない。最極の法を生命で実践された行者でした。その先生が、時に厳として、時に闊達に、時にユーモアを交えながら、自在に発せられる指導や講義は、幾十万もの庶民の心に勇気と希望の炎を点火してくださいました。
 先生は、場所も時も問わず、あらゆる場面でご指導くださった。ご自宅や西神田の旧学会本部だけではありません。道を歩きながらでも、地方に向かう列車の中でも、突如として御書の講義が始まるのが常でした。
 「本当に私の講義を身をもって受けた人間は、根本的に力が違うよ。あとでわかる」と語られておりました。



門下よ戦い進め!

学会は、戸田先生の願業である七十五万世帯の大折伏に向かって勇猛精進していた。私は師の構想を実現する大闘争の渦中で、深夜、妻とともに、先生の指導を必死に綴り残しました。師の教えを一言も漏らさず、未来永遠に残しゆかんとの祈りを込めてです。
 先生が逝去された後も、『人間革命』を不惜身命の激務の中で執筆してきました。さらに先生の全集をまとめ、講義のレコードを作り、先生の思想を語りに語り抜いてきました。
 恩師逝いて五十年 ― 。私は師の正義を社会に宣揚し、世界に広げる使命に、全生命を捧げてきたのです。
 「仏法は、すべて証拠主義である。証拠がなければ、観念論でしかない」とは、戸田先生の透徹した指針でした。
 今、私はこの師弟不二の使命と栄光の印綬を、わが青年部の諸君に託したい。
 明年は「青年・勝利の年」。創価の正義を未来へ広げゆくには、師と心を合わせて弟子が妙法を朗々と唱え抜き、「一念に億劫の辛労」を尽くす以外にない。広宣流布は、一閻浮提に開きゆく、師と青年との“勝利の共同作業”であることを宣言しておきます。
 先生は、「大作を育てたから、もう安心だ」と語っておられました。弟子の誉れです。師匠に安心していただけること以上の幸福はありません。
 先生はこうも言われました。「人間は戦うために生まれてきた。進みに進み、勝つために生まれた。これが幸福と平和につながる人生の意義である。人生は勝利のためにある」
 その勝利の力が題目です。
 今、私は直系の弟子である青年部に、万感の期待を込めて呼びかけたい。
 わが門下よ、一念に億劫の辛労を尽くせ!徹して苦労せよ!試練の炎の中で生命を鍛え、金剛不壊の大城の如き自分自身を創り上げよ!
 明年も、私とともに戦おう!
 私とともに勝って勝って、勝ちまくろう!そして永遠不滅の歴史を築きゆこう!


2008-12-25 聖教新聞







posted by 元 at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 池田名誉会長講義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1月度 座談会 拝読御書

呵責謗法滅罪抄

何なる世の乱れにも各各をば法華経十羅刹助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり
 
御書 P1132

(通解)
 どのように世の中が乱れていても、あなた方のことを「法華経・十羅刹女よ、助け給え」と、湿った木から火を出し、乾いた土から水を得ようとするような思いで私は強盛にいのっている。


背景と大意

 師匠は弟子のために、弟子は師匠のために ― 本抄は、大難の渦中、互いの思い合う師弟の真情の結晶とも言うべき御書です。
 文永10年(1273年)、日蓮大聖人が、流罪の地・佐渡の一谷から、鎌倉の四条金吾に送られたお手紙であると伝えられますが、詳細は明らかではありません。
 このお手紙を頂いた門下は、その文面から、佐渡にいる大聖人と弟子たちの生活を支えるために、7,8人で供養を携え、遠路はるばる佐渡を訪れていたことが窺えます。
 この時期、大聖人一門は、鎌倉幕府による激しい弾圧に晒されていました。
 大聖人は、本抄を送り、謗法の人々が蔓延する国土に法華経を弘めれば大難は避けられないが、その大難と戦って広宣流布に生き抜いていけば、過去遠遠劫からの重罪を今の一生の内に滅していけると宿命転換の原理を示され、強盛な信心を貫く弟子たちに感涙を抑えられないと賞賛されます。
 続いて、法華経の説法の会座で、上行菩薩をはじめとする地涌の菩薩に託された、法華経の肝心である妙法蓮華経の五字が弘められるのは、正法一千年・像法一千年ではなく、末法の今をおいてないと仰せになり、国土を揺るがす数々の災難は、この地涌の菩薩が出現する前兆であると明かされます。
 さらに、大聖人が二十余年の間、大難を受けてきたのは、地涌の菩薩として、この妙法を弘めようとしたからであり、日本国の一切衆生を救う慈悲の父母と言うべき大聖人を迫害するとは、前代未聞の非道な政治と言うほかないと断じられます。
 そして、大聖人を支えるために尽力する弟子たちの真心に、法華経の文字があなたたちの身に入ったように思われると深く感謝を表され、どのような乱れた世であろうと、あなたたちが法華経・諸天善神から助けられるよう、強盛に祈っていると結ばれるのです。


確信の祈りから出発!

 勝利の劇は、強き一念の「祈り」から始まります。日蓮大聖人は、本抄で、その真髄を教えられています。
 「何なる世の乱れにも」と仰せのように、当時は三災七難が競い起こっていました。特に文永10年(1273年)と言えば、前年には、自界叛逆難である「二月騒動」、翌年には他国侵逼難である「蒙古襲来」がおきています。騒然たる世情のなか、大聖人一門は、権力の非常な弾圧を受け、弟子たちは不安と困窮の生活を強いられていました。
 大聖人は、御自身が明日の命をも知れぬ身でありながら「諸天よ、弟子たちを守れ」と強き祈りを送られます。この師匠の慈愛を受け、弟子たちは強情な信心に奮い立ちます。祈りにおいて、まず大切なのは、この「師匠のごとく」「師匠とともに」という奥底の一念です。
 さらに「各各をば法華経・十羅刹・助け給え」と仰せです。一切の仏・菩薩・諸天善神等は、法華経を持つ人を守護すると誓っています。この守護の力は、どうすれば現れるのでしょう。
 大聖人は、祈りの姿勢として「湿れる木より火を出し」等と仰せです。湿った木を摺り合わせて火を起こしたり、乾いた土から水を得ようとするのは、極めて困難です。しかし、それなくしては生きられないよいう必死の状況であれば、余計なことに囚われず、渾身の努力をするでしょう。これと同じように、祈りに際しては、迷ったり、疑ったりせず、絶対に成し遂げられるという不抜の確信、成し遂げてみせるという不屈の執念を燃やしていくことです。そうした祈りを根本にした時、智慧も湧き、勇気も生まれ、確信もいよいよ強まり、その信心に応えて、一切の仏・菩薩・諸天善神等が偉大な守護の力を発揮していくのです。
 池田名誉会長は語っています。
 「私はいかなる戦いにおいても、御本尊への強く深い祈りから出発した。そこに不可能を可能にする道が、豁然と開かれていくからである。『祈り』こそ、一切の打開と勝利への源泉である」
 朗々たる確信の祈りから、勝利の一年を出発していきましょう。

大白蓮華 第708号
posted by 元 at 19:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 座談会御書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

地道

池田名誉会長は、「今この時、一日また一日、自らを訓練しているかどうか。自らが人間革命しているかどうか。その地道にして、辛抱強い繰り返しによってしか、『常勝不敗の力』は生まれない」と語っている
2008-12-25 名字の言


 御書に『月月日日につより給へすこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし P1190』と仰せの通り、日々の地道な行動が大切ですね。言うのは簡単、でも、実行することは難しいことです。私自身地道な戦いを挑戦していきたい。
posted by 元 at 14:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 地道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

中川秀氏と連携も=渡辺元行革相

 自民党の渡辺喜美元行政改革担当相は25日午前、麻生太郎首相に批判的な同党の中川秀直元幹事長について「基本方針が同じだったら連携もあり得る」と述べ、政界再編を目指して行動を共にする可能性を示唆した。都内で記者団の質問に答えた。
 渡辺氏は、首長や地方議員らを巻き込む形で政界再編を進めたいとの考えを示した上で、「国民運動にはアジェンダ(政策目標)が必要」と指摘。行革や「官僚政治」の打破、地方分権などを盛り込んだ公約を次期衆院選前にまとめることを明らかにした。

2008-12-25 時事通信
posted by 元 at 12:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月24日

渡辺元行革相が賛成=民主決議案に、「処分覚悟」

 自民党の渡辺喜美元行政改革担当相は24日午後、衆院本会議で採決された民主党提出の衆院解散を求める決議案に賛成した。
 採決直前になって本会議場に現れた渡辺氏は、起立して賛成の意思を表明。本会議終了後、記者団に「すべて覚悟の上だ」と述べた。「離党は」との質問に対しては「あとで応じる」とだけ語り、記者会見して説明する意向を明らかにした。

2008-12-24 時事通信


自民党はもう同体異心である。党としてのまとまりなどない。衆議院選の前後で分裂は間違いないだろう。民主にしても所詮同じではないか。思想の違う政治屋の集まりにすぎない。確固たる信念をもつべきではないか。
posted by 元 at 16:40| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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